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彼から2枚の名刺をもらう。1枚は、料亭久里川支配人としてのもの、1枚は「僕らのアトリエ」販売店代表、おりづる共同作業所運営委員など、7つの肩書きを持つ福祉活動家としてのものだった。 「ぼくは、ボランティアという言葉があまり好きでありません。なにか人のために強制的にやるというイメージがあるでしょ。あれが嫌いなんです。だから、福祉活動をしても、ボランティアをしているという意識はありません。好きだから、趣味で10年間やってきたんです」 「ボランティアで福祉活動をすると、相手のためにやってあげるという意識になりがちです。結果として、健常者の自己満足に過ぎない活動になるように思います。こんな例もあるんですよ。 あるライオンズクラブが、障害者作業所に寄付の申し入れをしました。作業所の方はテレビが欲しいと回答したのですが、クラブの側はそれでは作業に使えないから、他のものにしてくれと言ったんです。作業所の側は、止むなくミシンを注文しました。クラブの側はやってあげたと満足しましたが、残念なことにミシンは使う人がなく、箱から出されていないそうです」 「役に立つ福祉活動をするには、作業所など現場にいかねばなりません。そして、本当に役に立っているか、常に検証していくことも大切です」 「作業所の側も、お情けを期待するような姿勢ではダメで、営業戦略を持つ必要があります」 福祉のことを言い出したら止まらないという森さん。さすがにその弁には説得力があった。 ◆森浩昭さんは昭和37年広島生まれの広島育ち。広島工業大学を卒業すると、東京の機械部品メーカーに入社、5年ばかり研究業務などにたずさわった後、広島にUターン、実家の料亭に再就職した。今から10年前のことである。 当時、代表者だった祖父(故人)から助言された。 「商売をしようと思ったら、人のために一生懸命に尽くすことだ。そうすれば商売はうまくいく」 これを聞いても、彼は何をすればいいか、さっぱり見当がつかず、あれこれ思い悩むばかりだった。 そんなある日、障害者作業所の作品カタログが作られたと言う新聞記事を見た。そのとき、はっとひらめいた。中小企業では、大企業のようにお金を寄付したり、人を派遣したりする福祉活動はできないが、物を売るお手伝いはできると思ったのである。 早速、広島市障害福祉課へ行き、それから、作業所を見学した。たくさんの障害者が働いているのを初めて見たとき、言いようのないショックを受けた。 なかでも、一番印象に残ったのは、「はたおり機」を上手に操作している20歳くらいの男性のことである。彼は、ほとんど出来上がっている織物を、急に、ほどき始めた。所長に理由を聞くと、「どこかに、気に入らないところがあったのでしょう」ということだった。障害者の仕事にかける思い入れの強さに、深く感銘した。 森さんは、その日のうちに広島市に申し入れ、料亭久里川の一角に作業所製品販売コーナー(広島市の一般企業では初めて)を設置する。「僕らのアトリエ」活動の誕生だった。やがて、趣旨に賛同した市内のガソリンスタンドや運送会社、薬局などが販売コーナーをつぎつぎに設置し、今ではその数は17まで拡大している。 当時を振り返って、彼は語る。 「それまでは、障害者の製品はゴルフの景品やバザーに使われるだけで、商品として販売されることはありませんでした。だから、そのときのできごとは、障害者にとって画期的なことだったんですね。彼等の自信にもつながったと責任者が話されていました」 ![]() ◆それからの福祉活動は、並みではなかった。市内の50くらいある作業所には、全部、精力的に訪れた。その他に市外の作業所や老人施設にもこまめに出かけた。こんなことで、体験的エピソードはとても生々しく面白かった。 中でも広島市内の大手ホテルでの話は、興味深かった。 「今日はホテルのお役に立つ話を持ってきました。これからは心の時代。少しでも心に残り社会に役立つようなことを実践する企業が、生き残れるのではないでしょうか。そのお手伝いを作業所にさせてください」 このように切り出し提案した「障害者製品・名札立て」は、ホテル側も認めるところとなり、納入が決定した。同時にマスコミに記事提供、明るい話題としてテレビにも出た。 森さんは言う。「企業、福祉団体、マスコミ」が結びつくことにより、誰もが損しない福祉活動が展開できると。 彼は、ポケットから電子手帳を取り出した。 「10年の積み重ねは大きいですね。このザウルスには、1600人の福祉関係者が入っています。この間、ある企業が倒産し、120ものロッカーの廃品が出たんです。1つの作業所で処理するのは無理なので、県下の120の作業所へ連絡しました。たちまち、ロッカーははけましたよ。ネットワークのすごさを実感しましたね」 今、森さんには、とても楽しい夢がある。広島大学が募集した「地域貢献研究課題」に応募したところ、合格したのである。もちろん、彼のテーマは福祉活動だ。 「ぼくは、人と競争するのは嫌いなんです。だから、人と違うことをやりたい。そうすれば、競争することなく、いつでも一番ですものね」 彼は、持ち前の柔和の笑顔で将来の夢を語るのだった。 |
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