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元暴走族
プランツアーティスト
谷口 隆志さん
(たにぐち たかし)


谷口 隆志さん 37歳


プランツアーティスト
フラワースタジオ ドリーミー代表


本社スタジオ
広島市中区東平塚町8−17
Tel 082-541-5878  Fax 082-541-5879

広島市在住のプランツアーティストとして活躍している谷口隆志さんは、元暴走族という変ったキャリアの持ち主である。暴走族になった背景やそこから立ち直ったいきさつなどについて伺った。


大手町ショップ

谷口隆志さんと
大手町ショップスタッフの
横路真理子さん



大手町ショップ

◆中国電力の真向かいにある「花の店ドリーミー」を訪ねた。谷口隆志さんが経営する大手町ショップで、額縁や文房具を販売する「ガレリア・レイノ」の一角にあった。
 気立てのよさそうなきれいな娘さんが、もう少しすると帰ってくるというので待っていたら、個性的な風貌の谷口隆志さんが現れた。
 

「この店はアンテナショップで、本業はプランツアーティストなんです。
 学校や事務所、飲食店などの生花の取替をしたり、KTC中央高等学院広島校、老人介護施設デイサービスセンターあんしん、レイノアートスクール、TSSガーデン教室、ToToガーデン教室の講師をしたりしているものですから、店にいることはほとんどありません」
と、穏やかな笑みを浮かべながら説明する。


 彼は現在37歳。花の仕事を始めたのが19歳のときなので、まさに油の乗り切ってきているときだろうと思った。


◆19歳までは、文字通り裏道を行く人生だった。小学校4年生のときにデパートで万引きし補導され、中学校1年生になると地元の不良グループに所属し、不良化の度合いを深めていった。


 当時を述懐し、つぎのように語る。
「小学校4年生のとき、暴走族ってかっこうがいいと思ったんです。6年生のときには、味もわからないのにかっこうをつけてタバコをふかしていました」


「ぼくはなめられるのが一番嫌いなんです。中学3年生のとき、ある先生から『お前は高校にもいけず、ろくでもない人生をおくるようになる』といわれ、高校に入る決心しました。それから不良しながら一生懸命勉強し、なんとか高校に合格しました」


「高校に入学すると暴走族に入り、鳥の巣のような頭をして、友達の家を転々としたり、コイランドリーの中で寝たり、野宿したりしていました。
 こんな生活のなかで心に決めていたことは、弱い者いじめはしない、ケンカは逃げない、警察がくると逃げるということでした」


「ある日、一部の先生から『お前は学校の恥だ。絶対に進級も卒業もさせない』と言われました。そこでまた決心したんです。絶対に3年で卒業すると。今度も不良道を極めながら卒業しました」


 高校を卒業したばかりの19歳のとき、転機が訪れた。暴走族の大型イベントに参加したところ、警察に運悪くぱくられたのである。
 「家庭裁判所では、立ち直るか鑑定所へ行くか二者択一を求められました。いろいろ考え悩んだあげく、更生することにしたんです。
 やくざの世界はかっこういいばかりではないし、世の中もあまくないと思うようになっていました。ぼくには『どうせわしなんか』という自分と、『やるしかない』というもう1人の自分が同居していましたが、もう1人の自分が勝ったんですね。
 このまま広島に住んでいたのではダメだと思ったので、大阪の花屋さんに就職しました」


 大阪にいたのは2年間だけで、母親に呼び戻されて帰広。母親の経営する花屋で2年間、父親の経営する花屋で2年間働いた後、独立を決意しドリーミーをオープンした。26歳のときのことだった。

大手町ショップ
ロケーション




◆不良化の動機・背景について尋ねたら、彼はつっかえがとれたようにしゃべり始めた。
「不良になった原因は、両親の不和です。毎日がケンカで、双方から相手の悪口ばかり聞かされて育ちました。父母はいつも家を空けており、夜も1人で留守番をすることの多い幼児期でした」


「母はフラワーアーティストとしては才能がありましたが、経営感覚がなく、家事はまるっきりダメでした。その上、社交家で夜も空けることが多かったんです。
 父は反対の性格で、お金のこともきちんとしていました。普段は大人しいんですが、酒が入ると別人になり、毎日のように手を上げていました」


「父母が別居する直前のことでした。
 目が醒めると、父が鬼のような形相で母をなぐりつけていたんです。ぼくが止めると、父は母とぼくを外にたたき出し、戸を閉めたんです。外は雪で、母は裸足でした。母におんぶされ、母の頭をなでるとたくさんのたんこぶができていました。その夜はホテルに泊りました」


◆現在、谷口さんは、奥さんと3才の男の子、3カ月の男の子との4人暮らしである。
「現在、自分としては最高の妻をもらい、子どもにも恵まれ、幸せな日々をおくっています。そうしているうちに、親の気持ちがわかってきました。
 今までは、不良になったのは親のせいだと思っていましたが、その感情がだんだん薄れ、感謝の気持ちに変ってきたんです」


「父も母もいいものを持っているのに、価値観が違い相性がよくなかったばかりに、めぐりあわせの悪い夫婦になり荒れた生活をするようになったんだと思いました。
 父には30年も続いた女性いたんですが、やっとのことで籍にいれたとたん、相手が亡くなったんです。よほど家庭運のない人なんですね」


 このように話す表情はとても穏やかで、ツッパリ人生を生きてきた人のようには思えなかった。
「ふり返ると、周囲の人に恵まれていたんです。1つ違いの兄がいるんですが、仲が良くいつも団結していました。学校の先生にも、恩になった方がたくさんいます。なかでも保田隆先生との出会いは、たいへんな幸運でした」


 これからの人生の抱負について、つぎのように語る。
「1つはプランツアーティストとしての自分、1つはドリーミー経営者としての自分、1つはフラワー教室の先生としての自分、1つは夫としての自分、1つは親としての自分。これからの抱負は、5つの自分を着実に生き抜くことだと思っています。心に花を咲かせたいですね」



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