| 旅行業と落語の二足草鞋をいく 櫛雅之/善亭ぶ生さん くしまさゆき/ぜんていぶしょう
|
||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||
旅行業と落語の仕事の割合を聞いたら、つぎのような返事が返ってきた。 「あえて比率をいえば、旅行業が7、落語が3くらいでしょうか。 バス旅行などのとき、落語や漫才をやっているので、画然とは分けられないんです。落語の出演回数は、年間50〜80ステージです。バス旅行のほかに、老人ホームや公民館を回ったり、独演会などを行ったりしています。落語を始めてから10年になるので、通算すると700回くらいのステージになります」 ◆5歳のとき、広沢虎造の浪曲に聞き惚れた。18歳になったとき、テレビで古今亭志ん生の落語を聞く。その和芸と破天荒な生き方に憧れ、将来は落語家になろうと決心した。 「落語家になるためには東京と思い、19歳のとき東洋大学に入学。早稲田大学の落語研究会に入りました」
このように語る彼は、意外に堅実なタイプのようだ。この性格も、二足草鞋を成功させる要因の1つになっているのだろう。 「1996年から1998年にかけては、平々亭青馬さんや風呂哲さんなど、たくさんの人と知り合ったり、同志で広島演芸協会を立ち上げたり、たいへん有意義な時期でした。この時期に、広島での落語活動の基盤が出来たと思っています。それから2年後、父の経営するジャパンツゥリスト株式会社の取締役になりました」 ◆現在のテーマは、旅と落語をいかに結びつけるかということだと、その熱い思いを語る。 「落語家でも旅行業者でも、ぼくより上の人はいくらでもいます。しかし、2つをミックスさせ調和させたプランを提案できるのは、あまりいないように思います。ここに、ぼくの存在価値があると思っています」 彼の熱弁は、ますますさえてくる。 「観光は本来人々に希望を与えるものなのに、その原点が忘れられています。いい風景を見たり、美味しいものを食べたりするだけが、旅行の目的ではありません。旅に出て何か希望の光を見出す。これが一番大切だと思います。落語や演芸は、これになんらかのきっかけを与えると思っています」 彼は落語に、心底から惚れ込んでいる。その理由は、落語には良い悪いの結論がなく、立場によりそれが変ってくるからだと言う。 「落語の世界では、泥棒も悪いイメージでは語られません。むしろ、泥棒は人がいいという視点で語られることが多いんです。物を盗られることは、物を預けることなんですね。落語に登場する人たちは貧乏だが、とことん明るい。阿呆だけど人間味があるんです。人間の業をさらけ出し、ありのままを語り、弱い部分に共感するのが落語です」 落語は空想の芸術だとも語る。 「落語はセリフを覚えたらダメなんです。覚えると、情景が目に浮かばなくなります。すると、自分とお客の絵が重ならなくなるんです。落語はイマジネーションの芸術なんですね。間が大切なのは、話し手と聞き手の呼吸があい、イメージが重なるためです」 「善亭ぶ生」という名前は、一日一善が由来だという。好きな言葉は「風に吹かれて今日も行く」。 「本来、わがままな性質であるため、すぐに力むんです。風に吹かれるように、こだわりなく生きていきたいですね」と笑う。 彼の笑顔は天下一品だ。風に吹かれるようにいきたいという人生観が、かもし出しているのかも知れない。「旅と落語の統合という夢」は、きっと実現するだろうと思った。 |
||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||
バックナンバー TOP |
||||||||||||||||||