| 特別養護老人ホームの運営に情熱を傾ける! 植竹信吾さん (うえたけしんご)
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◆施設の中に入って驚いた。ともかく明るい。お年寄にあいさつをすると笑顔が返ってくるし、職員の動きも生き生きしている。 植竹信吾さんのお年寄への接し方にも、半端でない誠意とやさしさがあった。 同施設は1994年12月、現理事長の植竹利侑さんによって設立され、それからの運営は植竹信吾さんが任されている。 植竹信吾さんは、ホーム設立当時を振り返りながらつぎのように語る。 「当施設は、山の急斜面を削って建てられたんです。そのため、コンクリートを多量に使う必要があり、ダンプカーの頻繁な通行が避けられません。そんなことで地元から大反対の声が出ました」 「当施設はキリスト教会の敷地に立てられたので、クリスチャンしか入れないと誤解されがちです。しかし、決してそんなことはなく誰でも入れます。地元の人も利用され、今ではたいへん感謝されています」 「問題は申し込んでいいだいても、入所していただけない方がたくさんいることです。市内に40くらい特別養護老人ホームがありますが、絶対数が足りないんですね」 ◆植竹さんは、広島市内の小・中・高校を経て広島大学・学校教育学部に入った。 お父さんの利侑さんは広島キリスト教会の牧師(母も牧師)というクリスチャン一家で、彼は後継ぎという暗黙の期待を感じていた。自分もクリスチャンであり、特に牧師が嫌いということではなかったが、既定路線を進むということには抵抗感があった。 このため明確な目標が持てず、大学生活も7年目に入ってしまった。
「それから沼隈町にある社会福祉施設『ゼノこばと園』に就職しました。難聴の就学までの子どもの通園施設で、そこでの仕事は、すごく充実していました。子どもたちは難聴のため言葉の遅れがあったり、自閉症があったりするんですが、きちんとかかわっていると皆一様に成長するんですね」 その施設での生活が5年過ぎた頃、思いがけない話が舞い込んできた。 「父から、老人ホームをつくるので手伝ってくれといわれたんです。社会福祉施設に5年以上務めている者がいないと許可がおりないというんです。幼児と老人では180度違うので悩みましたね。頭の切り替えができないんです」 いろいろ考えた末、高齢者の障害を勉強するため1年間の猶予期間をもらうことにし、東京都多摩老人医療センターのスピーチセラピスト遠藤尚志さんのもとに弟子入りした。 「妻と子どもは教会に預かってもらうことにしました。なにしろ無収入になるのですから、覚悟がいりましたね。しかし、この1年間に多くのことを学びました」 「言葉の不自由な高齢者が一番望んでいることは、自由にしゃべれることでなく、大人として扱ってほしいということだと理解したとき、高齢者も幼児も基本は同じだと思いました。要は、人間の価値を認めることなんですね。この1年間の体験がなかったら、自分の理念を持たずに今の仕事をやっていただろうと思います」 ◆老い・障害・痴呆によって、その人の価値が左右されることはない。これが「輝き」の理念である。当施設では、この徹底を図るため、毎月行う介護職員全員の会議や隔週のスタッフ会議などに力を入れている。 「施設の陥りやすいことは、画一的・閉鎖的・身体拘束・介護者優位です。ボケた人にも幸せな環境はあります。きちんと人間扱いすることです。特養に入ることは、決して不幸になることではありません」 「早朝や夕方は忙しいんですね。そのため、お年よりの落ち着がなくなり、意味のないナースコールが増えます。こうしたとき、つい職員の声が大きくなりがちですが、原点を見失わず、自分の心の動きと素直に向き合い悩み続けることが大切と思っています」 これからの施設運営の方向を尋ねると 「堅実です。スケールメリットを求めると、儲かるかも知れませんが、例えば食べ物に目が届かなくなります。今の施設の内容をより充実していきたいと思っています」 好きな言葉は、「あしたできることは今日するな。今日しなければならないことを疎かにしてはいけない」 このように語る植竹さんに、改めて半端でない誠実さとやさしさを感じた。 |
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