| 高陽ミニバスクラブを最強軍団に育てた 稲田昇・由子夫妻
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| ◆約束の時間に、稲田昇さんがきれいな女性を同伴して現れた。 「家内の由子です。高校のときの同級生です」と紹介する。 短期間でチームを最強軍団に仕立て上げたと聞くと、さぞかし情熱的な鬼コーチが想像されるが、稲田さんには、そんなイメージはまるでなく、ソフトでやさしいタイプの人である。
「当時は弱いチームでした。監督から思うようにやってくれと言われたので、就任したんです。私の息子(クラブの中心選手)を厳しく指導しているのを見て、これならと思われたのかも知れません。 私は中学・高校でバスケットをしていましたが、特に優れた選手だったわけではありません。コーチも初めての経験なので、一生懸命勉強し手探りでやりました」 彼が、選手の指導で特に力を入れたのはつぎの3点だった。子どもの才能を見極めること、子どもの目線に立つこと、ミニバスのタブーを乗り越えた練習をすること。 「子どもにはどんな才能が潜んでいるかわかりません。それを見出すため、ドッジボールや縄跳び、鬼ごっこなどいろいろなことをやりました。そして、子どもの長所を見出すと、ほめてほめまくりました。無論、バスケットに取り入れました」 「子どもと同じ目線に立つため、子どもの好きなマンガをたくさん見ました。その中のことばを活用し、ゲーム感覚で練習したんです。受けましたね」 「これまでのミニバスの練習は、ダメダメの消去法でした。これでは長所を殺します。枠にはめないで、のびのびやらせました。当初は関係者の理解が得られず苦労しましたがね」 やがて、このような練習が成果を見せ始めた。弱いといわれたチームが強いチームに勝ち始めたのである。 「対戦チームを求めて、山口や岡山など他県に行きました。福岡や関西の方面にも足を伸ばしました。2年間の対戦数は121戦。104勝16敗1分です。よくやったと思いますね。 一番感激したのは、平成15年の広島県大会の優勝で、全国大会出場決定権を獲得したときです。子どもも親も祖父母も応援団もみんな泣きました」 平成16年第35回全国ミニバス大会へ出場したのは、全国8000チームの中から選抜された48チーム。この中で高陽ミニバスクラブは善戦したものの、大会独特の雰囲気に実力が出し切れず、惜しくも1勝1敗。上位チームへの進出は果たせなかった。 「最初の試合は、普通のペースでやっていれば負ける相手ではなかったと思います。全国大会の異様な雰囲気に緊張して、普段では考えられないミスが連発したんです。2試合目は最高の試合しようと話し合い、のびのびと闘った結果、快勝しました」 稲田さんは、全国大会を最後にコーチを辞任する。 「人間性の尊重を一番に指導してきました。子どもたちはこれにこたえて、スランプになると互いにサポートしあっていました。子どもたちの成長を心より誇り思っています。『感動を有難う』これがこの2年間の総括です」 ![]() ◆奥さんの内助の功はと水を向けると、「それは絶大です」と答える稲田さんに続き、由子夫人がつぎのように説明を加えてくれた。 「息子の浩章は、小学校1年生から4年生までは三篠小学校のバスケットチーム、5年生と6年生は高揚ミニバスクラブに所属していました。 通学しているのは東雲小学校ですから、移動に1時間くらいかかるんです。初めのうちはついてまわるだけでしたが、次第に興味が出てきて、完全にはまってしまったんです。 その結果、テーピングを習ったり、スポーツマッサージを独学したりして、自分の子だけでなく、15人の選手の面倒をみるようになりました。食事管理までもお手伝いしたんです。役員をされていた奥さん3人と、力を合わせてやりました」 これを聞いて、主人はコインの表、奥さんはコインの裏だなと思った。そうして、一人っ子浩章くんへの深い愛情が大きく育ち、大輪の花を咲かせたのだと理解した。 これからの夢を聞くと、稲田さんは目を輝かせながら答えた。 「BBエクステンションの活動です。中学生になると、バスケット環境を急に失うんです。中学校では1年生にボールを握らせません。これではどんどん下手になるばかりです。要は指導者が不足しているんです。そこで、中学生を主な対象にしたBBエクステンションというチームを結成しました。現在、定員30人は、ほぼ埋まっています」 勿論、浩章くんも参加、由子夫人も、事務方を一手に引き受けている。これからも、3人はそれぞれ大きく成長していくことだろうと思った。稲田家に心から喝采!! |
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