グローバルに考えローカルに活動する
馬上清治さん
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テクノファ中国コンサルタンツ株式会社代表取締役として、ISO9000・ISO14000の普及に努めるほか、広島の活性化に向けて多彩な活躍をしている馬上清治さんを訪ね、これからの中小企業経営などについて伺った。
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◆広島市の中心地八丁堀電停から歩いて5分くらいのところに、ウエノヤビルがある。テクノファ中国コンサルタンツ株式会社はその10階にあった。
50人くらい入れる教室に通され、馬上清治さんと対面する。若々しく、とても48歳には見えない。彼は持ち味の温かいソフトな表情で、テクノファ中国コンサルタンツ株式会社の主力業務であるISOについて説明を始めた。
「例えば靴のサイズもISO規格なんです。世界がグローバル化してくると、各国の規格がバラバラのままだと不便ですよね。そんなことで、モノの規格の統一化が進んできたのです」
「ISO9000は、単なるモノの規格ではありません。モノやサービスを提供する事業所が、顧客の満足できる品質管理システムを持っているかどうかを判断する規格です」
難しい話を、黒板に図示しながらやさしく解説する。ISOの活用の実態を聞くと、表情が厳しくなった。
「ISO9000の取得事業所数は、現在も直線的に伸びています。ところが、せっかく認証取得しながら、使い切れていない企業が大半なんですね。その理由の1つに、お墨付きをもらうために取得するという企業が多いということがあります」
「ISOは、工作機械のようなものではなく植物のようなものです。認証取得は、いわば種を植えたようなもので、社内に根が張り始めて大きな効果が出てくるんです。
ISOの目的は、顧客満足を高めるとともに経営資源を有効利用する仕組みづくりにあることを、しっかりと認識してほしいものですね」
ISOの急激な伸びは時代の変化からきていると、つぎのように力説する。
「現在の若い人は、いわれたとおりのことしかできなくなってきています。だんだんアメリカに似てきているんですね。
こんな企業環境になってくると、昔のようなボトムアップは期待できそうにありません。時代の変化が著しく早くなっていることからも、これからはトップダウンでなければ機能しなくなってきています。
トップダウンを支えるのがISOです。しかし、ISOは欧米で育ったものです。日本経営の良さを活かしながら導入していくことが大切と思います」
◆馬上さんは、1955年広島に生まれ広島で育った。
地元の広島修道大学では、ロックミュージカルにのめりこみクラス活動に明け暮れた。なんとか卒業したものの、これといった就職口がない。やむなく、英語の勉強をしようとアメリカに渡った。
アメリカでは、4ヶ月の英語研修コースを受講した。初めの頃は英語がまったく話せなかったのに、最終テストでは、なんと300人の中の3人に入った。この3人はMBAに進める能力があるということで、もう4ヶ月、英語を学ぶよう勧められた。
「その4ヶ月を経て、ビジネススクール(大学院)に入ったんですが、たいへんでしたね。レベルが高くて、ノートはいつまでも真っ白。仕方なしに、枕くらいの厚さがあるテキストを読みました。それも4科目で12冊もあるんです。ともかく、無我夢中でテキストと格闘しました」
「ケーススタディ(会社の事例研究)が、また、たいへんで700社くらいもあるんです。それぞれの問題点・対策について議論するんですが、まさに真剣勝負です。きたえられましたね。
ある大手商社の重役が、『MBAプログラムは、日本の会社では20年かかるところを2年間で修得させる、すごい教育システムだ』と絶賛しています。米国企業の強みの源泉は、MBAプログラムにあるように思いますね」
「昔の知人が、こんなに勉強する自分を見るとびっくりするでしょうね」と笑う横顔を見て思った。
「彼の場合、日本の教育は水が合わず、アメリカの教育は水があったのだろう。そして才能が開花したのだろう」
◆彼は日本に帰ると、広島市にあるフォード自動車(日本)株式会社に、財務アナリストとして入社した。
「好きだったのはマーケティングなんですが、経営計画・経営予測・経営分析を担当したんです。おかげで1千億円を超えるマネージメントに携わり、グローバル経営を実践することができました。当時、27歳でしたが、アメリカでは日本より20年くらい早く、重要な仕事に携わることができるんです」

それから5年後、フォード自動車株式会社を退職する。その頃、日米先端技術交流会議(現アライアンス・フォーラム)にコーディネーターとして出席。これをきっかけに、国際ビジネスコンサルタントとしての活動を開始した。
1996年、日本初のJAB認定ISO9000審査員研修機関である(株)テクノファと提携し、テクノファ中国センターを設立。2000年には、テクノファ中国コンサルタンツを設立した。
講師としての活動も多彩で、ニュボート大学日本校・助教授などを務めるほか、今年の1月から、「日本を起こせ」をテーマにする丸の内起業塾(開催場所・新丸ビル)に講師として参画。さらに3月には、広島にMBAスタイル企業塾を設立する予定で、現在準備を進めている。
「広島を活性化するには、アメリカとの交流を図り東京との交流を図って、最先端経営技術を学ぶとともに、人脈を広げていく必要があります」
静かな口調のなかに、広島の活性化への思い入れを語る。将来の夢を尋ねると、ちょっとはにかみながら答えた。
「夢というと言いにくいけど、自由人という言葉が好きですね。
金はないけど、『時持ち』だと思っています。自分の人生を自分でコントロールできることが、価値観の基本であり行動指針です。会社運営のモットーは『グローバルに考え、ローカルに活動する』ことです。お金は後からついてくるものと思っています」
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馬上清治さんの略歴
| 1955年 |
広島県生まれ |
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| 1977年 |
広島修道大学卒 |
| 1981年 |
サンフランシスコ大学大学院ビジネススクール卒。MBA取得。 |
| 1982年 |
フォード自動車(日本)株式会社に財務アナリストとして入社。グローバル経営を実践する。(5年間) |
| 1986年 |
日米先端技術交流会議(現アライアンス・フォーラム)にコーディネーターとして出席。これをきっかけに、国際ビジネスコンサルタントとしての活動を開始。 |
| 1990年 |
ニュボート大学日本校・助教授 |
| 1996年 |
日本初のJAB認定ISO9000審査員研修機関である(株)テクノファと提携、テクノファ中国センターを設立。 |
| 2000年 |
テクノファ中国コンサルタンツを設立。 |
| 2002年 |
海外の先端テクノロジーをベースにした事業育成(国際的なインキュベーション事業)に着手 |
| 2004年 |
丸の内起業塾・講師 |
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