| 子ども会とともに24年 大隅彰男さん
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名刺に記載されている子ども会の役職については、なじみがなかったので、いろいろ尋ねたところ右図のような関係がわかった。 子ども会活動についてつぎのよう語る大隅さんは、飾り気のない人柄で格別目立ちたがり屋でもなく、よくある肩書き好きの人でもなかった。 「子ども会の活動は、文化祭や球技大会、餅つき、凧揚げなどたいへん多岐にわたっています。それにリーダー養成の仕事もあります。 こんなことで、ほとんど毎日のように子ども会の仕事に追われています。一文の儲けにもならないことに、どうしてそこまでのめりこむのかと聞かれるんですが、自分でもよくわからないんです。病気みたいなもんですかね(笑)」 ![]() 病みつきになった原因について尋ねると、笑いながら答えた。 「こんな仕事を24年もしていると、子どもたちの成長していく様子を目にすることができます。これはとても楽しいですね。街中で、素行のよくない連中から親しく声をかけられるのも嬉しいです。振り返ると、私自身、彼らとともに成長してきているんですね。これが病みつきになった最大の原因かも知れません」 ◆大隅さんは、昭和18年広島生まれの広島育ち。いろいろな苦労の末、空調設備関係の仕事で独立した。24歳のときのことだった。子ども会に出会ったのは、それから12年後の36歳のことである。 「ライトバンを持っていた私のところへ、子ども会からイベント用資材の運搬をしてくれと依頼がきたんです。これがきっかけになり、子ども会にかかわりを持つようになりました。 当初は片手間にやっていたんですが、次第に忙しくなり時間がとりにくくなったので、弟に会社の実務を譲りました」
こうした経済的な安定と家族の支持も、活動を継続できた大きな理由だろうと思った。 ◆現在の子どもたちの教育環境の話になると、彼の口調は、さらに熱を帯びて来る。 「今の子どもたちには、ガキ大将がいません。負けたら、ずっといじめられる側にたつので、いじめる側にたとうとします。最近は表にこそ出ていませんが、いじめは日常茶飯事です。陰湿になっているんですね」 「子どもたちは、起きたらすぐに登校します。そのため、学校へ着いたときは、まだ目が醒めていません。朝ご飯を食べていない子も3割くらいいます。こんな彼らに落ち着いて勉強しろといってもムリです」 「週5日制になった結果、勉強についていけない子が増えました。先生には時間的制約もあって、遅れる子は放っておかれます。小学校で、落ちこぼれができるんですね」 「何か問題が起きると、父兄はすぐに教育委員会に注進するので、先生はびびってしまっています。こんな状態ですから、腰の据わった教育は期待できません」 「今、子どもたちには発散する場所がないので、すぐに夜の世界に行ってしまいます。健全な遊びの中で成長していくのが一番いいのに、そんな場所がないんです」 「共に何かをすることが、なくなってきています。親も子どもも賢くなり、自己中心的で利己主義に固まっています。これは社会全般の傾向で、根本的な問題ですね」 ◆問題点は理解できるけど、どのように対処していけばいいのかと聞いたら、つぎのような返事がかえってきた。 「こんな時代だからこそ、異年齢の集団である子ども会の存在価値が大きくなるんです。 今は少子化の時代です。家庭には異年齢の兄弟がいません。地域が崩壊した現在、近所にもいません。学校もムリです。残るのは子ども会しかありません。 社会秩序を教え、自主性や社会性を身に付けさせるには、子ども会が最良の場と思っています。 子ども会での教育は、大人がやるとやらせになって成果があがりません。小学生は中学生のいうことをよくきくし、中学生は高校生のいうことをよくききます。子どもたちの主体的な遊びの中で、自主性や社会性を学んでいくのが一番いいんです。このためにはリーダーが必要なので、リーダー養成に力を入れています」 長年務めている広島市子ども会連合会研修委員長と中区子ども会連合会育成研修部長の実績からか、その説明には説得力があった。 「最近の子ども会の動きを見ていると、いい芽が育ってきていることがわかります。見どころのある青年リーダーが少しづつ育ってきているんです。長年の関係者の努力が実ってきているんですね。忍耐と根気と継続が明るい未来をつくるのだと、つくづく思います」 このように語る大隅さんの目には、明るい輝きがあった。 |
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