中山幸一郎さん
牧師に、ブライダルに。カウンセラーに多面的に活躍!中山幸一郎さん


なかチャペル企画代表
日本心理臨床学会正会員
〒733−0863 広島市西区草津南3−5−19
電話082−501−2836
FAX082−501−3886
e-mail naka1947@do.enjoy.ne.jp



中山幸一郎さん
「幸一郎」という名前との運命的な出会い
◆牧師・ブライダル企画者・カウンセラー、3つの顔を持ち活躍する中山幸一郎さんとは、2度目の出会いである。トレードマークの鬚、メガネ越しの柔和な眼差し。そのなかに、2度目とは思えない親しみを感じた。


 中山さんは開口一番、
「ぼくの人生のキーワードは、幸一郎という名前です」と切り出した。


「第二次大戦のとき満州で負傷した父は、野戦病院で献身的に働く、ある医師の姿に感動しました。その人はクリスチャンで、幸一郎という名前だったのです」


「父は復員後結婚、最初に生まれたぼくに幸一郎と命名したのです。ぼくは歳を取るにつれて、幸一郎という名前に、何か運命を導かれているような感じを持つようになりました」


「父は70歳で亡くなるまで、その医師に1度でも会いたいと口癖のように言っていました」


◆中山さんは、父の建築業を引き継ぐため、大学は建築学部を専攻した。在学中に洗礼を受けクリスチャンになる。大学を卒業すると竹中工務店に入社、それから4年後の26歳のとき退社し、西南大学神学部に入学した。ここで、父親の路線から脱し独自の生き方に転じたのである。卒業後はパプティスト教会の牧師になり、福岡→名古屋→広島と転勤した。



Le Mariage
中山さんの
プライダル心の書

1240円
(送料・税込み)
渓水社発行

◆ブライダルの仕事を始めたのは、今から10年前の44歳のときである。知人から依頼されたのが、始めたきっかけで、最初の年は式場1箇所・年間50組だった。
 現在は式場12箇所・年間900組(県外へも進出)に成長している。成長の理由は、『チャペルウエディングの心を伝え、目に見えないものを理解して欲しい』という思いが評価されたのではないかとのこと。


 中山さんは、その集大成として、『Le Mariage』という本を発刊した。売上の1割は車椅子の介助犬事業に寄付している。


「介助犬は日本では30頭しかいません。アメリカ・オーストラリア・ニュージランドには、それぞれ1000頭もいます。結局、日本の文化が一番低いということですね。これらの国は、ハンディキャップを持った人と健常者が同じステージに立つことができる国です」
『人が人とともに生きる。住みやすい社会をつくる』これがぼくの哲学です


◆中山さんがカウンセリングの仕事をはじめたのは、29歳のとき。はやくも25年になる。33歳のとき、日本心理臨床学会の正会員になった。現在のクライアント数は約30人。


「クライアントには、幼児期・少年期に親子関係の歪みのあった人が多いですね。兄弟姉妹の中で一番弱い人に症状が出てくるんです。だから、カウンセリングは個人だけでなく、家族を対象にする必要があります。家族揃ってカウセリングを受けられる人は、経過がいいですね」


エネルギーの源泉は「バイブルと向き合うこと」と「人と人との交流
◆牧師・ブライダル・カウンセリングの3つの仕事をできるエネルギーは、どこからくるのかと尋ねると、
「バイブルと向き合うこと、人と人との交流、この2つがエネルギーの源泉です。この10年間、会いたいと言われたら、誰でも必ず会ってきました。ことわったことは一度もありません。おかげで、随分多くの人に会いました。今では、これがたいへん貴重な財産になっています」という答えが返ってきた。
中山幸一郎さん

◆中山さんには、これから重点的にやりたいことが2つある。
1つはウエディングパーティ。現在は年間10件程度だが、これを増やしていきたいとのこと。


「日本の結婚式の披露宴は心がありません。退屈極まりない話のオンパレードです。アメリカでは、新郎新婦がお客を楽しませます。これが本来のパーティですよね。新郎新婦はホスト・ホステスとして、お客に感謝を持って接し、楽しんでもらって帰さなければいけません。これを基本にすると、いろいろなアィディアが浮かんできます。本当に楽しいウエディングパーティにしてほしいものですね」


 もう1つの仕事は、さらにスケールが大きい。ライフプランナーの総合的ネットワークの構築である。


「結婚後、2人は病気になったり、離婚したり、子供が先に死亡したりするなど、いろいろとたいへんな出来事に遭遇します。こういった危機管理が、みんな一様に弱いんですね。今、世の中はますます複雑になってきているので、こ中山幸一郎さんれらの危機に対応するには、専門的な知識が必要になってきます。これを個人に求めるのはムリです。そこで、ライフプランナーの総合的なネットワークを作ったらどうだろうかと、今、弁護士やいろいろな専門家とコンタクトをとっているところです」


 
このように壮大な抱負を語る中山さんだが、最後に、しみじみ次のように述懐した。


「ぼくの心のよりどころは、牧師の仕事です。歳をとったら、すべての仕事から引退し、牧師の仕事に専念したいと思っています」   (戸村彰義)

バックナンバー


TOP

第一ビルサービスバナー