| 尺八の製作がライフワーク 製管師 桃井准さん
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オーストラリアのアボリジニの楽器ディジュリドゥで、見かけも音色もたいへん独特だった。 続いて取り出したのは尺八。きれいな音が流れた。 桃井さんは、柔和な笑みを浮かべながら語る。 「自動車ドライバーのアルバイトをしながら、ディジュリドゥや尺八のライブ活動をしています。そのほかに製管師として尺八づくりもしています。この製管師が本業なんです。儲かりませんがね(笑)」 ◆彼は広島市内の高校を卒業すると、東京へ出てガラス清掃業を営む。バブル景気の頃のことで儲かった。 バブルが一段落すると事業を整理し、海外へ放浪の旅に出る。3年間で15ヶ国をまわった。 久しぶりに広島へ帰ったのは29歳のときで、その年、エポックメイキングな出会いがあった。ライフワークになる尺八との出会いである。 「尺八を吹くのは、広島の先生に習いました」 「尺八作りは、最初東京へ行って2日間習い、それからは独学です。試行錯誤の連続でしたが、7年過ぎて、最近ようやく人に譲ることができるものを作れるようになりました」 「尺八の製作はライフワークと思い、本気で取り組んでいます」 ◆尺八の製作は、材料になる竹探しから始まる。 これが、なんとも苦労の多い仕事で、あちこちに生えているのは殆どが孟宗竹、肝心の材料になる真竹はほんの僅かしか生えていない。 ようやく探し出しても使えるものは、その中のごく一部。最初の頃は朝から晩まで探しても徒労に終わることが多かった。 「これはという竹を見つけたときは、飛び上がるほど嬉しいですね。採って帰ると、それから3年間は乾燥させるんです。そうしないと、竹が割れたり、音が変わったりするんです」 こんな息の長い仕事にコツコツ取り組む彼にも、悩みがあるようだ。 「竹には個性があるので、その材質によって尺八の出来具合が変ってきます。このため、値段の高い尺八と安い尺八ができます」 「初心者用の尺八は、品質が少々低いものでもいいと思います。ところが、それを見た他の人から、こんな尺八を桃井は作っているのかと言われそうで悩んでいます。竹の個性を無視した均一的な作り方があるんですが、それでは味がないので、やりたくないんです」 ![]() ◆2000年、10日間のオーストラリアの旅をした。この短い期間に、アボリジニからディジュリドゥを習う。 70歳になる先生のジャルーはアボリジニで、ディジュリドゥの達人である。ディジュリドゥの演奏家デビットハドソンにも会った。 「非常に中身の濃い旅でしたね。ディジュリドゥを2本、日本に持って帰ると、CDを聞きながらコツコツ独学しました。最近はオリジナルな曲もできるようになりました」 ◆将来の夢を聞くと、 「いい尺八を作ることです。尺八の需要は極めて少なく、将来性もないと思います。それでも作りたいんです。作るのが楽しいんです。人生を豊かにしてくれるんです」と、淡々と答える。 変ったことをしているからと言って、かくべつ自己顕示欲が強いわけでなく、有名人志向も金持ち志向もない。 こんな生き方もあるんだなと、何かほのぼのとした爽やかさを感じた。 |
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