|
||||||
|
||||||
◆「4月には、ライブが週4回くらいあったんです。それぞれのライブが、みな違うので切り替えやプランづくりがたいへん。5月からは週1回くらいにと思っています」たいへん明るい表情で話すのは、きくちレイコさん。 呉市制100周年を記念して、彼女が作詞作曲した「肉じゃがタンゴ」は、聴いていると、なんだか元気が湧いてくるような楽しい曲だ。彼女の明るい人柄がそのまま伝わってくる。 きくちさんは、ピアニストでありシンガーソングライター。ジャンルは幅広く、クラシックからジャズ、演歌、童謡など何でもこなす。作詞作曲した数は150曲にもおよぶ。 「おじいちゃん・おばあちゃんから、3歳・4歳の子まで、いろいろな層の人に聴いてもらっています。田舎では生の演奏が少ないせいか、引っ張りだこなんですよ」 「子供さんには、ことのほか人気がありましてね。1時間半の演奏の間、ダダをこねる子がいないので、魔法を使っているのかと皆さんから言われるんです」 ◆きくちさんは3歳のとき、小児麻痺にかかり右腕が上がらなくなった。そのリハビリのためにと、両親が選んでくれたのがピアノだった。 「治るはずもない病気が治ったのは、両親の治そうという一念があったからだと思います」 奇跡的に回復した彼女は、エリザベト音楽大学に進学。卒業後は同大学付属音楽園の講師となった。当時の彼女にとっては、音楽は研鑚を積むためのもので、人を楽しませる余裕はなく、このままでいいのだろうかと悶々としていた。 そんなとき出逢ったのが、サックス奏者・故井上敬三氏だった。ジャズ界の重鎮井上氏は言った。 「楽譜どおりに弾くよりも、心のままに弾けばいい」 この言葉に、きくちレイコさんの心の扉は開かれ、フリージャズの魅力に心酔、自分の音が自由に出せるようになっていった。 「うまくなるための演奏と、人に聴いてもらうための演奏は違います。クラシックだけをやっている頃は、ただうまくなりたいだけで、聴き手のことは意識になく、一方通行だったんです」 ◆彼女には、もう1つ大きな出逢いがあった。呉市が生んだ隠れた名作曲家・故藤井清水の作品である。 「藤井清水さんの音楽には、日本の音や風景が残されており、日本だけでなく、外国からも高く評価されています。ところが残念なことに、一般には馴染みが薄いんです。わたしは藤井さんの立派な音楽を、1人でも多くの人に伝えたいと思い、聴きなれた曲調にアレンジして歌っています。ライフワークと思って取り組んでいます」 ![]() 先般、韓国へ行ったとき、屋台のようなところで、藤井清水さんの曲を歌ったら周囲の人が大喜び、大騒ぎになった。 「歌は世界共通の言語だと感激しました。今度は中国やモンゴルに行きたいですね」 ◆「音楽は人が生み出し、人が人に伝えるもの。音楽をとおして、元気の輪が広がるよう精進していきたい」 きくちレイコさんの多様な世界の底に流れるものは、この言葉の中にあるようだ。 「肉じゃがタンゴ」の明るくはずんでくるようなメロディが、ふと思い浮かんだ。 |
||||||
|
||||||
|
|
||||||
■きくちレイコさんのプロフィール■本名 菊池玲子 ピアニスト&シンガーソングライター エリザベト音大ピアノ科卒業後、同大付属音楽園講師を経て、1985年から日本ジャズ界の重鎮・井上敬三とのDuoを組みプロ活動を始める。 現在、CMソング・イメージ制作などを手がけるとともに、呉市出身の作曲家・藤井清水の作品の紹介に尽力している。 2002年、呉市制100周年記念事業により「肉じゃがタンゴ」を作詞作曲演奏、CDを発売する。 ●ディスコグラフィ 1997 ターミナルボディより「O・I・RA・KU・KO・U・TA」\1000 1998 海潮音よりCD「きくちレイコ&螺旋問答・楽楽」¥2500 ・呉市立図書館に「ファーストアルバム楽楽」が収蔵!貸し出し可。 2002 呉市制100周年記念事業CD「肉じゃがタンゴ」¥750 |
||||||
バックナンバー TOP |