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スタジオGにて
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◆合路(ごうろ)千泰さんの名刺は至極あっさりしていて、肩書きもなければ会社名もない。ところが、彼女には二つの顔がある。1つは、「広島ひふみ村」の村長、もう1つは、「スタジオG」の責任者である。
「広島ひふみ村」は、実在する村ではなくインターネット上の仮想空間の村「日本ふるさとサイバー村」の1つである。彼女が同村を立ち上げたのは、今年の8月。「人の和、心の和、感動のわっ!」をメインテーマに、4人の同志と活動している。
◆合路さんのもう1つの顔である「スタジオG」は、今年1月に開設した音楽教室である。現在の受講者のうち、30名くらいの人たちは、20年もの長いつきあいで、年齢層は20代から70代と幅広い。
型にはまらない自由な発想で教えている。例えば譜面起こし。「テレビでいい歌を聴いたので、教えてほしい」という要望があると、その譜を作って一緒に勉強する。「手間のかかる仕事だが、とてもやりがいがある」と、本当に楽しそうだ。
「どんなに難しいことでも、嫌なことでなければ、よほどのことがない限り引き受けます。必要があって頼まれたことですものね。人に与えることが生きる目的と思っています」
◆彼女は、広島生まれ広島育ち。幼い時から音楽が好きで、オルガンは早くから習った。ところが、ピアノが手に入ったのは中学1年生のとき。この出遅れもあって楽器はあきらめ、声楽を専攻、東京の学校へ入った。
卒業すると広島に帰り、市内の音楽教室に就職した。しばらくすると、できないことを引き受けたり、見栄を張ったりする仕事が嫌になり、プレッシャーを感じ始めた。毎朝が苦痛で体調も悪くなった。こんなことがあって、8年ばかりたった頃、退職を決断した。
スタジオGを開設したのは、平成1年、30歳のときである。
「スタジオGでは、できることは引き受けるけど、嫌なことは引き受けないことにしています」
◆5年ばかり前、彼女の人生に大きな転機が訪れた。最も敬愛していたお父さんが、平成8年8月、亡くなったのである。そのとき、肉体はなくなっても精神は残っていると実感した。そして、幸せは自分で見つけなければならないと思った。
こんなとき、運命の人「ありがとうおじさん」に会ったのである。素晴らしい出会いだった。夢中になって、おじさんの話を聞き、テープ起こしをした。新しい人生が始まったと思った。それから、志を同じくする人たちとの交流が始まる。「広島ひふみ村」の立ち上げは、その一連のなかの行動だった。
「一人ひとりが活き活きと輝き、ありがとうございますと感謝の心をいただく。こんな幸せ・感動を共鳴できたらと願っています」
最近、4回も原因不明の意識喪失に陥り救急車のお世話になったというのに、輝かしいばかりの笑顔だ。その原点は、「ありがとうございます」の心にあるのだろう。
「広島ひふみ村」のURL・・・ http://www.ddn.ne.jp/~chiyasu/
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