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心に残る一節

歓びノート(抜粋)

歓ぶこと悲しむこと
著者 五木寛之


 人間には、ふっとした瞬間に、なんとも言えず心が暗くなるというか、心萎えることがあるものです。
 例えば、自分の人生の目的として大事にしてきたことが、なにかすごくつまらない、小さなことのように感じられたり、自分というものの存在が、もうこの世の中になにか不要の存在であるかのように感じられ非常にちっぽけに思えたり、孤独を感じたりすることがあります。
 こういうことが、生きている暮らしのなかで、しばしばふっと訪れてくるものです。こういう状態を「心萎える」と言います。

 
 人間はなんらかの方法で、そういう心萎える瞬間をその都度乗り切って生きているわけですが、そのためには各人各様いろいろな工夫、方法を講じているのではないかと思います。
 自分自身のこと振り返ると、いろいろ工夫していましたが、その中でとても効果があったと思うことは、小さなメモ帳を携えておき、一日のなかでひとつでも嬉しかったこと、心華やいだこと、ちょっと感動したことがあれば1行書き記しました。私はこれを「歓びノート」と称し、どんなつまらない些細なことでも書きました。
 

 3ヶ月たち、半年たって、1年くらいたつと不思議なことに、嬉しかったことが簡単に出てくるようになりました。心萎えた気持ちが少しずつ回復に向かっていたのかも知れません。
 

 60歳を超えて、また心が萎えだしたとき、再び歓びノートをつけましたが、今度は心の奥で感激するものがないのです。3ヶ月くらい続けても効果がないので、今度は方向転換して、悲しいことを書くことにしました。「悲しみノート」です。それを繰り返しているうちに、半年くらいすると、心萎えた状態が回復してきました。
 

 歓ぶことも悲しむことも心を波立たせ、感動するのだと思いました。心萎えるときは、心に潤いがなくなり、プラスティックのような乾いた心になりかけているのではないでしょうか。歓んだり悲しんだりすることで、心に潤いを与え、人間らしい生き生きした感情を取り戻すことができるのだということがわかってきたのです。
 

 岡本かの子の短歌に次のようなのがあります。
 

 年々にわが悲しみは深くしていよよ華やぐいのちなりけり



歓ぶこと悲しむこと
五木寛之著
東京書籍発行




こころに残る一節
歓びノート(抜粋)




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