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心に残る話

昭和20年夏、僕は兵士だった

三国 連太郎 俳優



 徴兵逃れは、反戦思想からではなく、ただ軍隊が嫌だったんです。鉄砲を持たされて人を撃つのも嫌だし、自分が殺されるのも嫌だ。ともかく逃げよう。逃げるなら大陸だ。
 大陸には4ヶ月ばかりいましたが、日本に舞い戻ってきました。子どもだったんですね。
 それからしばらくして、わけもわからないことで留置場に入れられました。そのとき徴兵検査の通知が来て、受けると甲種合格でした。

 その後大阪で働いていると、入隊通知の知らせがきました。今度も逃げるしかないと、九州の唐津にいき、朝鮮へ渡るための小船を算段していたら、警察に捕まりました。普通なら刑務所にいれられのでしょうが、私の場合はすぐに戦場に送られました。

 戦地は北支那で、毎日が戦闘というより討伐でした。
 昭和20年8月15日、終戦の玉音放送を聞いたとき、足が震えました、ああ生きて帰れると・・・。

 戦争でみた光景は、多少なりとも美化てきるよなうことは一度もありませんでした。戦争での死は美しくも勇敢でもなく、惨めでさびしいだけです。

 収容所生活を1年ばかりして日本に帰り、広島市に立ち寄りました。ほんとうに何もなかったですね。見えるのは原爆ドームくらいでした。怖ろしく無惨な光景でした。それから食べて生き抜いていくためには、何でもしましたね。
 復員してから4年後、偶然に松竹にスカウトされました。





昭和20年夏、僕は兵士だった

著者 梯 久美子
発行所 角川書店
初版発行 
平成2009年7月31日

◆インタビューした人々
金子 兜太  俳人
大塚 初重  考古学者
三国 連太郎 俳優
水木 しげる 漫画家
池田 武邦  :建築家

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