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心に残る一節

そんなに長生きしたいですか

日本人の死に時/久坂部著・幻冬舎発行より


そんなに長生きしたいですか


そんなに長生きしたいですか(おわりに抜粋)

 この原稿を書き始めてから、私は何人かの知人に「どれくらいまで長生きしたい?」と質問してみました。
 ある友人の奥さんは、「わたしは長生きなんかしたくないわ」と言ったあと、「せいぜい、80歳まででいい」と続けたので、同席者が全員コケてしまいました。せいぜいと言うからには60歳くらいかなと思ったからです。

 別のある友人はこう言いました。
「まあ、90歳くらいまでは現役で仕事をして、引退してから10年くらいゆっくり余生を楽しんでから死にたいな」
 冗談でもふざけているのでもありません。ふつうにそんな感覚でいるのです。

 私は老人医療という仕事がら、苦しい状況の老人を多く見ているので、ことさら悲観的なのかもしれません。しかし、いくらなんでも「せいぜい80歳」とか「100歳まで余生を楽しんで」というのは、楽観的すぎるのではないでしょうか。

 とはいえ、日本人の平均寿命は82歳などと喧伝されると、80歳でも平均以下と感じるのは当然かもしれません。でもそれでいいのでしょうか。60代で寝たきりの人や、70代で毎日「死にたい」と繰り返す人を診ている私としては、首を傾げずにはおられません。

 今はいろいろなことが便利になり、楽しいことが増え、快適な生活が手に入るようになりました。経済的繁栄のために欲望は正当化され、慎ましやかさとか我慢強さは蔑ろにされています。健康産業や介護ビジネスは巨大なマーケットとなり、情報ばかり先走り、欲望ばかり刺激され、人々はまるで悪霊に憑かれた豚のように、悲惨な長寿の谷底へなだれ込んでいくようです。

 現場でその悲惨さに向き合っている私は、何も知らずに長寿を願う人たちに、ついこう聞いてみたくなります。
「そんなに長生きしたいですか」
 自然に逆らうことは、苦しみと煩いを増やすばかりです。多くの老人の死を看取ってそう思います。

 死に時が来たときには、抗わないことがいちばん楽です。受け入れる準備さえできていれば、心穏やかになれるでしょう。そろそろ終わりかなという感覚。
 ああ、楽しい1年だった、なかなか面白い人生だった、あのときは楽しかった、あんなこともあった、こんなすごいこともあった、つらいとき、苦しいこともあったけど、よくがんばった・・・・・・・。思えば楽しい人生だった。

 そんな気持ちで最期を迎えられれば、少しは落ち着いて逝けるのではないでしょうか。それ以上の人生を望んでもきりがないのですから。だから私もそういう準備にかかろうと思っています。それでうまく死ねるかどうかはお楽しみ。


<コメント>
 誰もが望むのは「ぽっくり死」。この望みは、医療の発展によりほぼ閉ざされてしまった。そうなると、著者のいうように、死ぬときの気構えを作っておくしかない。これがあるとないとでは、大きな差があるような気がする。そう思って、長い間、関連の本を読んできたが、まだまだ道遠しである。


 
日本人の死に時

著者 久坂部羊
発行所 幻冬舎
初版発行 
2007.1.30



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