こころに残る一節 不安を和らげてくれた新しい命
里枝子さんは、網膜色素変性症という難病になった。里枝子さんは、いずれ失明するかもしれないという不安の中で生きていた。わずかな光を頼りに大学へ進んだ。そこで今の夫と出会う。大学の同級生だった。応援してもらいながら大学を卒業、そして結婚した。
大学生の頃から急激に視力が落ち、不安に押しつぶれそうな精神状態が続いた。つらかった。怖かった。不安で泣いてしまうことも少なくなかった。彼がずっと支えてくれた。
卒業してから三年後に結婚し、夫の実家の信州で暮らし始めた。ハネムーンベビーの長男がお腹に宿った。不思議なことが起こった。視力が落ちていく中で感じていた不安が、ふっと和らいでいったのだ。子どもを産むためなら、見えなくなってもかまわないと思うことができた。「いつかその日が来ると恐れてきた失明を、すすんで迎えることができたのは、私の中に宿った命のおかげ」と里枝子さんは言う。
心配を取り除いてくれた新しい命があたたかかった。
出産後、彼女が予想したとおり見えなくなった。完全に見えなくなった彼女にとって、子育ては大変だった。おしめを換えることも、授乳も、生まれたての子どもの様子を見る感覚がわからない。便のにおいをかいで、子どもの具合を想像した。子どもに言葉を教えることも、とても難しいことだとわかった。絵本を読んであげられないのだ。それでも里枝子さんは負けなかった。仲間たちが点字の絵本を手作りしてくれた。知っている歌をうたい、言葉をかけ続けながら、手作りの点字の絵本を繰り返し読んで聞かせた。
この目の病気は、時には遺伝することがあると言われていた。「命と障害を手に握り締めて走る。リレー選手のつもり」と里枝子さんは語る。もしかしたら、自分と同じ失明というバトンを子どもに渡すかも知れないという不安を、彼女は持ち続けていた。
2人の息子は大切に育てられ、成長し、里枝子さんの目の代わりをする好青年に育った。今のところ、二人とも障害の兆候はない。
■一言メモ
私は目が見えなくなったことはない。そんな私に、目の見えない人の気持ちがわかるわけはない。せめて、想像力だけでも豊かにしようと、上記のような本をチャンスがあれば読んでいる。人間が優しさを身に付けるためには、なによりも、弱い立場の人を理解できるようにならなげはならないと思っているからである。