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心に残る一節

腹ぺこぺこのとき受けた親切

電動車イスひとり旅  中田輝義著



 朝早く旅館を出発して、出雲崎まで戻ってくるのに小一時間かかった。今朝も寒い。空は曇り、海は凪ていた。「道の駅、天領の里」付近はもう車で混雑していた。出雲崎の街を足早に通り過ぎて来たけれど、コンビニは一軒も見当たらない。実は僕はもう腹がペコペコなんだ。昨日の朝からまともな食事をしていない。空腹で寒さが余計にこたえる。どこかに何かないかしらん?


 郷本というところまで来たら民宿が1軒だけあった。朝食だけでも何とか食べさせてもらえないものかと、玄関先で大声で呼んでみた。何の反応もない。時計を見たら9時前だ。休業中なんだろうか。もう一度呼んでみたけれど、ダメだった。僕はとぼとぼと街道に戻った。大声を出してかえって余計にお腹が空いてきた。


 もう少し行くと、手入れの行き届いた松の枝がある立派な門構えの家の前で、草刈りをしている60歳ぐらいの男の人を見かけた。僕はそのご主人に、
「この辺りに食事できるところはありませんか」と尋ねた。ご主人は、
「とうしましたか」と聞き返した。
 僕は旅の者で、昨晩、泊まった旅館は素泊まりで夕食も朝食もまだたべていないことなどを話した。ご主人は仕事の手を休めて、
「それは困りましたねえ。この先食堂はありませんよ。ちょっと待ってください」
と言ってすたすたと奥の方へ行ってしまった。


 しかたがないからその場にいると、今度は奥さんと一緒に出てきた。急いでおにぎりをこしらえたという。小さなお盆の上には、のり巻きのおにぎり梅干入り2個と漬物とあめ玉とペットボトルのお茶がのっていた。
 奥さんは有り合せのものしかなくて、ごめんなさいとおっしゃる。僕は感激でいっぱいになってしまった。ご主人は延長コードを持ち出して充電もさせてくれた。ご主人は
「眺めの良いところで食べたほうがいいでしょう」
と言って僕を抱きかかえて海辺の岸壁に座らせてくれた。
「ゆっくり召し上がり、終わったら教えて」
と告げた後、また仕事を始めた。


 おにぎりは温かくてほんのりと磯の香りがして、ちょうどいい塩加減だった。でもその塩加減には、僕の頬を伝う涙の味も加わっていたかもしれない。


◆一言メモ
 著者は、重症筋無力症。広島から札幌まで電動車で旅をした。1830kmを70日かけて走破する。携帯電話も持たずサポートもつけず、一日に何度も電動車の充電をしながらの一人旅だった。
 最初、この本を手にしたときは、A5版で370ページもあり、重苦しい気分になった。最後まで読みきれるだろうかと思ったが、その懸念は読んでいるうちにふっとんだ。滅茶苦茶に面白いのだ。中華料理店に入って読んでいたら、時間を忘れ2時間近くねばってしまった。店の若い人たちが、うさんくさそうな目で見る。中田さんには、さぞかしこんなことが多かっただろうと思った。

 おわりに、中田さんが同病の友に送ったメモを紹介する。

 最後のその日まで、ともに心大きく豊かに、生きて参りましょう!!  

                                  中田輝義 拝
           
 




電動車イスひとり旅
中田輝義著
共同文化社発行
2010年11月25日初版発行

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