あなたは宝物です
うれしいことばは、聞く人もうれしいものです。なによりも、「言った自分を育てる」のですね。
うれしいことばの中には、あなたも私もみんなが知っていて、言わなくなったかもしれないことばがあります。みんなが知っているということは、聞いたことがあるということです。それなのに言わなくなったことば、それは「あなたは宝物」です。
「私は言っています」。それはすてきです。でも、もしかすると、言っていても相手のこころには届いていないかもしれません。
みなさんは大学4年生になるまでに、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、幼稚園・保育園の先生、小学校・中学校の先生など、みなさんを愛している大人から、『宝物』と言われたことがありますか。聞いたことがある人は手をあげてください。
10年ほど前に、埼玉大学の学生130人に尋ねたことがあります。.何
人の人が手をあげたと思いますか。130人のうち、10人しか手をあげませんでした。
つい最近のことですが、ある市の小・中学校の先生の初任者研修会で尋ねたところ、46人中7人しか手をあげませんでした。
130人のうち10人しか聞いたことがなかったとしたら、46人中7人しか聞いたことがなかったとしたら、『あなたは宝物』ということばは21世紀中に消えてしまうということです。
『あなたは宝物』ということばが消えて一番悲しいのは、聞く子どもではなく、言うべき親のほうです。なぜって、ことばを一番最初に聞くのは自分だからです。
「あなたは私の宝物よ」といった瞬間、「私とあなた」から「あなたと私」にまなざしが変わるのです。「ことばは自分のまなざしを変える力を持っている」ことを、忘れないようにしたいと思います。
さて、それでは手をあげなかった120人の人たちと39人の先生たちのお父さん、お母さんは、言わなかったのでしょうか。多分そうではありません。ただ、相手の聞きたいときに言わないで、自分の言いたいときに言ったのです。だから、相手のこころに届いていないのです。
これは大変怖いことです。こちらは言ったと思っていても、相手のこころに届いていないということは、言っていないと同じだからです。「あっ、自分は子どもたちに言ってこなかったな」あるいは「もしかすると届いていなかったかもしれないな」と思ってくださる方は、それでも安心です。これから先、幾つになってもことばにすればいいのですから。
一番あぶないのは、「自分は言ってきた」と一方的に思っている大人です。自分の言いたいときに自分の気分で言ったことばは、相手のこころにひびかないのですね。
うれしいことばが相手のこころに届かないのは、もうひとつ理由があります。うれしいことばは流れやすいのです。うれしいことばは、聞く人にとって心地よいので、さっと通り過ぎていきやすいのです。反対に嫌なことばは、1回か2回で相手のこころに届きます。
自分自身を振り返ると、嫌なことはいっぱい言った上に、つけものの重しをのせ、その上をトンカチでたたいていたような気がします。ですから、うれしいことばは言ってきたつもりですが、嫌なことばしか残っていないのでしょう。
もし、うれしいことばは繰り返し言い、嫌なことばは1回か2回にとどめるように、私を含めた日本中の大人の人たちがきちんと実行していたら、この社会はうれしいことばであふれることでしょう。このことを少しでも実行できる大人でありたいと思っています。
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<金子みすず・ことばのまど>
あなたは
あなたでいいの
著者 矢崎節夫
発行所 ポプラ社
初版 2005年6月
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