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心に残る話


のたうつ者

のたうつ者/狭土秀平著より



のたうつ者 プロローグ


 土は人を裏切らない。そうオレは信じている。
 何十万年もの長い時間をかけて作り上げられた土には、地球の歴史がつまっている。だから土の色は絶対的なもので、右とか左とかの議論の余地はない。土.の色に安心感を覚えるのはそのためだ。土の色は絶対的で、それが安心につながるということに気づいたことが、オレが土にひきつけられた一番のきっかけだ。


 もちろん、だからといって、自然に手を加えず、そのままにしておくのがいいわけではない。自然のままでいいなら、穴を掘って住んでいればいいという話になる。左官はいらなくなってしまう。自分というフィルターを通して自然を表現するのが、左官の仕事だ。


 土壁を塗る左官は、昔は多かったが、コンクリート企盛の現代にあって、その数は少ない。伝統の技も、失われつつある。.
 ただ伝統に従って塗るだけでは面白くない。伝統的な技能に、現代的なセンス、自分なりの味を加えるのが、オレのスタイルだと思う。
自分なりの味を出すために、オレは他人の塗った作品は極力目に入れないようにしている。すばらしい左官職人の塗った壁を見れば、悔しくなるし、頭の中に残っていつかまねをしてしまうかもしれない。基本は大事だから、そこは人に徹底的に聞いて身につけなければならないが、他人の作品から学んだらいけないと思う。その意味で、他人の作品から学習しないことが一番いい学習なのだ。


 その代わり、オレの場合、アイデアの湖は言葉をきっかけにしていることが多い.。たとえば「光の滴」という言葉があるとする。滴といえば、水であったり、雨であったりすることで、光に滴はない。しかし、あえて「光の滴」って何だろう、と考えてみる。そこから壁のアイデアが浮かんでくる。あるいは「ざわめき」という言葉から、「ざわめきのある壁ってどうなんだろう」と発想する。.
 アイデアはいつもすんなり浮かんでくるわけではない。それこそ、のたうちまわって、自分を追い込まなければ、納得のいく言葉や物語が浮かんでこない場合がほとんどだ。


 世間はオレのことをカリスマ左官、上のマジシャン、泥のソムリエなどともてはやす。ありがたいことだ。しかし、何かちがう、とずっと感じていた。
 メディアは、オレの過去を美しいストーリーに仕立てて取り上げてくれるが、白分とは別の「挾土秀平」像が広がっているのではないか。そんな思いがだんだん強くなってきた。
 しかしオレの20代、30代はボロボロだった。2001年に親父の会社を独立するまでは、ひどい状態で、脱毛や自律神経失調症にも悩まされた。もがいて、叫んで、精神的にも肉体的にも辛い思いをたくさんしてきた。いまでも、そのころの思い出がフラッシュバックのようによみがえってオレを苦しめる。


 オレは、新たな壁を塗るとき、いつも不安で押しつぶされそうになる。臆病風が吹き荒れ、目の前の壁から逃げ出すこともある。
 目の前の仕事に恐怖をいだいているオレだが、恐怖を持ちながらも、いつも新しいことにチャレンジしたいとも思っている。
 この本は、オレが生まれてからこれまでの七転八倒の人生の記録である。それと同時に、これから、たゆみなく進歩していきたいという願いをこめた、決意の書でもある。

 

のたうつ者

著者 狭土秀平
発行所 毎日新聞社
初版 2008年9月


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