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心に残る話


残業大国日本

傷つきやすくなった世界で/石田衣良著・日本経済新聞出版社より



残業大国日本
 友人の編集者は20代後半。先週は土日も休みがなく、しかも自宅に帰ったのは連日、朝が白み始めたころだったという。.
 テレビ局のあるADは、部屋に帰ることはほとんどできないそうだ。デイパックに詰めこんだ着替えがなくなると、洗濯のためにもどるだけだとか。毎月の賃貸料はもったいないけれど、やむを得ず部屋を借りているのだ。


 別なIT企業のホームページ企画制作者は、週のあいだほとんど終電帰りである。週末はどうしているのかときくと、疲れ果てて寝ていると身もふたもない返事。.まだみな若い男性なのにである。
 まったくもって、ニッポンはあきれるほどの残業大国なのだった。ぼく自身、ちいさな広告プロダクションを転々としていた20代には、理解不能なほどの残業をさせられた。月に100時間を優に超えるゲームのような残業である。当然、サービス残業なので対価が払われることはない。せいぜい千円程度の夕食代がでるだけだった。
 読者の多くも、なぜこんなに残業をしなければならないのか、不思議に思っていることだろう。日本という国のほぼ全事業体で、業務の計画自体に無理があるのではないか。そう疑いたくなってくるほどた。


 前にイタリアやフランスの男たちについて書いた。仕事を終えて自宅にもどり、おしゃれをして再び街にくりだす。ラテン諸国では、夜は自分がほんとうの人生をたのしむための時問であると。ぼくは日本の政治家にいいたい。ケチな育児手当や保育園の整備などばかりしていても、少子化をくいとめることは絶対に不可能だ。
 思い切って、週に3日問20〜30代の残業を禁止する法律をつくったらどうだろうか。もちろん、その日はただ家に帰ってごろごろしてはいけない。ちゃんと着替えをして、夜遊びにいくのである。そうすれば、誰だって嫌でも恋をしたり、会杜とは別な友人とのんだり、新たな趣味を始めたりするだろう。夜の街やレジャー産業に落ちる金額も膨大になるだろうし、春のソメイヨシノのように日本中で恋の花が咲き乱れることだろう。


 そんなことをしたら、ニツポン国のGDPが急落するなどと不安にかられる経営者もいるかもしれない。だが、ご心配なく。ぼくはこの残業禁止法は、逆にいい結果を産業界にもたらすと考えているのだ。すでに肉体的な単純労働は、機械やロポットに置き換えられた。精神的な事務処理作業は、コンピユータによつて人間よりも遥かに上手に処理されている。
 人問に残された労働の核になるのは、機械とコンピユータが不可能な仕事なのだ。要するに創造的な仕事、新しいセンスやアイデイアを必要とする仕事、さらにいえば、人と人を結びつける仕事である。

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 ぼくは現在の過重な残業体制が、日本人から創造性を奪つていると思えてならない。真の創造性は生きることをたのしむ余裕から生まれるはずだ。遊びのないところに、新しい創造の芽はない。
 なかには、そんな創造性をもった人間など数えるほどしかいない、たてていの若いやつはただ遊んだだけでおしまいだと苦言をいう人もいるだろう。
 だが、なぜ遊んだだけではいけないのか。すくなくともふらふらに疲れて、いっも悲しい顔をしている若い人が減るだけ、現在の状況よりも遥かにましだと、ばくなどは思う。
 愛国心を子どもに無理やり教えこむより、青年に遊び心を自由に育てさせたほうが、ニツポンの末来はずっと明るいのだ。どこかの党で、このアイディアを政策に採りいれてくれないものだろうか。
(2009.1.7)
 

傷つきやすくなった世界で


◇著者 石田衣良著
◇発行 
 
日本経済新聞出版社
◇初版発行 
     2008年5月




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