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「暑い」と言わない
梅雨明けしてからというもの、日々、憎たらしいくらいに暑い。暑い、といちいち口にするのが、馬鹿らしいほど暑い。
それでもさすがに気温が摂氏40度を超えることはまれだ。現在、日本における最高気温記録は、岐阜県多治見市と埼玉県熊谷氏が持つ40.9度だ。暑い暑いと連呼したところで、屋外で41度を体感することは、今のところ、日本では不可能である。
そう・・・・日本では。
近頃、私はふらりと中東はドバイに行ってきた。
ドバイとはアラブ首長国連邦にある都市だ。ペルシャ湾に面するこの街は近年、観光に力を入れていることで、メキメキその知名度をアップさせている。
すべてにおいて世界一を目指す、というわかりやすいコンセプトのもと、ドバイの街はただ今、建設ラッシユの真っ最中だ。何でも世界のクレーンの3割がドバイで稼働中らしい。
そんなドバイも、中心部から20分も車を走らせると、どこまでも砂漠が広がるだけの光景になる。砂漠を突っきるハイウエイを進む私の目的地は、砂漠のど真ん中にあるホテルだ。何をするでもなく、砂漠を眺める。果たしてそれが、楽しいのかどうかわからない。ただ砂漠を一度見てみたいという好奇心が、私を導いたのだ。
ドバイ中心部から1時間。砂漠に囲まれたホテルに到着し、車から出るや否や、何かがおかしいと感じた。目をまともに開けられない。顔がちりちり痛い。鼻から息をすると、鼻腔がほかほかする。
コテージ風の部屋に案内され、私は荷物のなかからデジタル目覚まし時計を取り出した。液晶の右隅に気温の表示がある。室温は25度だ。私はそれを手に部屋を出た。部屋の前は、果てしなく続く砂漠である。燦々と太陽が降り注ぐ砂の上にイスを運び、シートの上に時計を置いた。
液晶部分を見つめるが、まだ気温に変化はない。ぐんぐん数字が上がっていく様を確認したいが、30秒も経たぬうち、私は部屋のなかに引っ込んだ。とてもじゃないが、その場にいられなかったのである。
それまで日本で私が体感した最高気温は39度だった。場所は東京の銀座、目の下の汗が蒸発して、目がちくちくした覚えがある。だが、あのときの暑さとは、明らかに質が違う。何というか、「危険」を感じる暑さである。
いったい何度まで上がっているのだろう?30分後、私はどこかワクワクした気持ちで、ふたたび外に出た。
イスから時計を取り上げ、表示された数字を見たとき一瞬、我が目を疑った。
51度。
画面を見つめる視線の先で、ピッと数字が上がった。52度。
慌てて日陰に戻った。日差しが当たらずとも、立っているだけで視線が熱を感じて痛い。50度という未知なる体感温度をしみじみ味わいつつ、私は気がついた。
人間、度を越した暑さに直面したとき、「暑い」という言葉が出ない。暑いと言えるのは、まだ余裕がある証拠である。ドバイまで赴き、暑さに涙目になりながら、私が唯一学んだ人間の真実である。
別に知らなくてもいいんじゃないのか、というもう一つの真実は、どうかおっしゃらないでいただきたい。
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ザ・万歩計
◇著者 万城目学
◇発行
産業編集センター
◇初版発行
2008年3月
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