■「小さな死」と「本当の死」
人生の諸段階で経験する喪失体験は、「小さな死」とも考えられる。病気は健康の喪失であり、失恋や失業も喪失である。このような喪失を「小さな死」と考えれば、人間は「小さな死」をたくさん経験しながら「本当の死」を迎える。
「死」を「喪失」として整理すれば、例えば、「行きたい大学に行けなかった」「儲けたいお金を儲けることができなかった」「就きたい職業に就けなかった」「望んだ地位に就けなかった」などということは、「小さな喪失」であり「小さな死」であると考えられる。その「小さな死」を体験し、いくつも乗り越えながら、やがて自分の「本当の死」を迎える。
別な言い方をすれば、「庶民の死」というのは「受け入れの死」であり、多くの喪失を体験してきた庶民は、少し変な表現かも知れないが、上手に亡くなっていく。
庶民は「小さな死」という体験をうまく乗り越えてきた人たちである。本当に大変な「自分の死」を迎える時になっても、「喪失体験をうまく乗り越える」練習が積まれているので、割りに上手に亡くなることができるのではないか。
ところが「小さな死」を体験せず、初めての喪失体験が「自分の死」であるという人は、本当に大変である。
例えば「入りたい大学に入り」「就きたい職業に就き」「儲けたいお金を儲け」「望んだ地位に就くことができ」というように、「小さな死である喪失経験」をまったく体験せずにきた人もいる。
そのような人にとって、初めて経験する病気が「死にいたる病気」だった場合はとても大変である。喪失体験の練習をまったく積まないままに「死」というものを迎えるからで、なかなか「死」を受け入れることができない。
どうやら学問や地位というものは、死を迎えるということに対してはあまり関係がないようである。
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◇著者 柏木哲夫
◇発行 幻冬舎
◇初版発行
2006年6月
第1章
悲しみが人を成長させる
第2章
人の気持ちがわかる人
第3章
人間は弱くもあり、強くもある |