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心に残る話


◆時代(社会)が狂うということ◆


著書 神、この人間的なもの
著者 なだいなだ
発行 岩波新書
初版発行 2002年9月


時代(社会)が狂うということ

 ぼくは信長や秀吉のことを考えた。
B「信長を現在に連れてきたら」
T「おまえの診察室に連れて来られたら」
B「とうてい正常とはいえないな。なんと!どうしてそれに気付かなかったのだろう」
T「だがおれたちは、信長を人間としてでなく、日本の統一のために果たした役割を重視して考える。そういう歴史を習ってきた。統一国家を相続した者から見れば、彼は恩人なんだな。だから、現代の狂気の政治家ヒトラーと同じとは考えない」
B「彼は叡山の焼き討ちのときには、女も子どもも皆殺しにすることを命じる」


 Tはうなずいた。 
T「織田信長は、残酷な武将だった。叡山の焼き討ち、長島一揆の鎮圧など、ネロにも比較できる残酷さだ。だが、豊臣秀吉だって、石川五右衛門を釜茹でにしているし、26聖人の殉教で知られるようなキリシタン処刑など、信長ほどでなくとも残酷なことをやっている。彼を現代に連れてきたら」
B「そりゃあ、躁うつ病とか、精神病質とか、異常人格とか、ともかく異常と診断をつけられるだろう・・・・」


 ぼくが額にしわを寄せて、そうつぶやくと、彼は言った。
T「それなら、かれらが当たり前だったあの頃の日本は、異常だった、狂っていたと考えるべきなのさ。ところが現代人は、歴史を自分が秀吉になった目線で見る。だが、秀吉に殺された五右衛門やキリシタンの目線で見られない。だから社会が狂っていたとは感じ取れないのだよ」


 そう彼に言われて、ほくは努力して被害者たちの目で見た。秀吉が当たり前としたら、そんな当たり前は変えてほしいと思う。釜茹でなどという死刑は廃止してほしいと思う。そう思う人間が増えたから残酷な刑罰も消えていったのだ。
B「そうだ。秀吉を当たり前とした社会は、かなり異常な社会だといえるな」
T「そうだろう。ヒトラーが出たドイツを考えよう。少なくとも彼は、選挙で選ばれて出てきたのだ。ヒトラーという異常な個人だけの問題ではないのさ」
B「当時のドイツ人も異常だった」


T「いわば、それは旧約の世界の残酷さだった。あのようなユダヤ人やジプシー(ロマ)に対する迫害は、旧約の世界ではありふれたことだった。こう考えれば、旧約的な世界を想像するのはさほど難しくないだろう」
B「キリスト教徒もネロに迫害され殺された。そのネロが、ローマの民衆の間ではけっこう人気があった。死後も義経のように殺されなかったという伝説が生まれたほどだ。つまりは、彼の残酷極まりない行為も民族の支持があってのこと」


 ぼくはそういって考え込んでしまった。
T「太平洋戦争の日本だって同じだぜ。かなり異常だった。天皇を生き神様と思い込んだり、神風特攻などという戦術を考え出したり、捕虜を生体実験に使ったり」
B「そうだなあ、異常だなあ。だがそれも、戦後、振り返ってみるとそういえるので、そのときはそのときで、神風も生体実験も当たり前と思っていた」
T「その当時、これはおかしい。異常だという人間がいたとしたら、その方が気が狂っているといわれたに違いないのだよ」
B「たしかにそうだ。異常というか狂いの特徴は、自分で、おれはおかしい、という自覚のないことだ。病識がないといったらいいかな」


 Tは静かに言った。
T「そこで考えてみよう。自分の時代の狂いの犠牲者たちを診ていたイエスや仏陀やムハンマドは、どう思っていたか」
B「当然、世の中は狂っている、間違っているとみただろうな」
T「そう考えた人たちが、彼ら始祖の前にも後ろにもいた」
B「戦争中の日本でも、これはおかしい、日本は異常だ、狂っているといった人間はいた。桐生悠々なんて名前が浮かぶな。彼は軍批判の文章を書いてジャーナリズムの世界から追われる。だが、おれたちがそれを知るのは戦後だ。戦争中、彼の名前すら知らなかった」
T「おれだって知らなかったよ。そもそも今だって、知っているものがどれだけいるかねえ」


 

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