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異界からの使者たち
伊勢の国の神官、渡会の某という者が、ある日突然死して3日間息がなかった。3日目に奇跡的に蘇生した時には、髪が真っ白になっていた。彼は歌占いで、人の運命を予知する能力を持つようになり、異形預言者として諸国を行脚する。時には狂乱し、死んで見てきたという地獄の有様をクセ舞にして謡い舞った。
ある日偶然、歌占いを求めて来たわが子にめぐり会って故郷に帰る。これが世阿弥の嫡男、夭折した観世十郎元雅の能、「歌占」のあらすじである。
この特異な能の主人公は、白い大口袴に狩衣の袖を上げ、翁烏帽子を戴した厳かな神官姿で現れる。若い男なので、たいていは直面(面をかぶらない)だが、時に「邯鄲男」という白っぽい面をつける。
特に目を引くのは長い直毛の白髪である。
年齢に不相応な白髪は、男面にパラリと垂れ、いかにも臨死状態から蘇った人という印象を与える。それが弓に多数の短冊をぶら下げて現れるのだから、誰しも奇異の念に襲われる。
父子の奇跡的再会に続く、地獄語りの凄まじさも特異である。中世人のみならず、われらもその声、仕草に引き込まれるのは当然だろう。挙句の果てには顔面に冷や汗を流しながら、神がかりになって震え戦くのだから、われらは彼の一挙手、一投足に目を奪われるほかはなくなる。
能の劇はこのように仕組まれている。異形の人は、橋掛かりの向こうの暗がりから、時空を越えてこちらへやってくる。たった3間の長さの橋掛かりは、この世と異形をつなぐ文字通りの橋なのだ。
その使者たちは、いろいろな情念の劇を携えて、とぼとぼと、また静々と歩みを運ぶ。時には天翔って、マッハ5の速さで飛んでくる。そして事件の一部始終を語り終えるとまた、例外なく橋掛かりの向こう、つまり異界へと去ってゆく。
お能とは異界からの使者たちが現れる場である。(以下中略)
今でも私たちが能楽堂に足を運ぶ理由は、このような異界からの使者たちに出会うためではないだろうか。私たちは中世とは違って、科学が支配する時代に生きている。しかし、私たちにとっても異界の話は決して虚言ではない。というよりも、科学を超えたものの存在を心の片隅で信じようとし、その現われを求めているのだ。
今日も能楽堂の客席に、そういう現代人が集まっている。お能の始まる前の、静かな笛と鼓の「お調べ」に、いかなる使者が現われるか、どんなメッセージを携えてやって来るかと、胸をときめかせながら待っているのだ。
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「歌占」
シテ・栗谷菊生
撮影・森田拾史朗
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