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音楽のパワーで広島から元気を発信しよう!
HIROSHIMA MUSIC JAMBOREE
広島ミュージックジャンボリー
代表 前田 満樹さん



前田満樹さん

前田 満樹
(まえだ まき)さん


広島ミュージックジャンボリー HMJ 代表


広島県大竹市在住


携帯電話 090-9509-2511


URL http://www.hiroshima-mj.com/



 前田満樹さんは、昨年広島ミュージックジャンボリーを立ち上げ、昨年と今年音楽ライブを開催した。これは広島県内の10地域(昨年は9地域)にある会場をリレー式に開催する音楽ライブで、その実施期間はなんと2カ月、実にスケールの大きい企画だった。
 その間、参加者は「音楽のパワーで広島から元気を発信しよう!」を合言葉に、みんな楽しみながら懸命な活動を続けた。驚いたことに、すべて手弁当ということだった。
 実行委員長として全会場を束ねる前田さんをインタビューした。



広島ミュージックジャンボリー(HMJ)とは

前田満樹さん
 広島ミュージックジャンボリーは、広島県内の複数の会場をリレー形式で開催する音楽ライブ。
 代表は前田満樹さん。開催目的は「音楽のパワーで広島から元気を発信しよう!」。
 基本理念は、
@新たな広島の魅力を創造する。
Aすべての関係者が喜び楽しむ。
B地域の交流を促進し次代につなげる。
 設立は2010年。昨年に引き続き今年もイベントを開催した。
・2010年の参加者 108組 220名/9地域9会場
・2011年の参加者 120組 300名/10地域12会場
 参加者は、プロ・アマチュア問わず無報酬。入場料は無料。


広島ミュージックジャンボリー2011/イオンモール広島府中ソレイユ開催模様
●開催場所 広島県安芸郡府中町
イオンモール広島府中ソレイユスターギャラリー
島村楽器広島府中ソレイユ店横 野外広場
●開催時期 平成23年11月5日(土)

 <広島ミュージックジャンボリー2011>
  東日本大震災被災地の復興を願い広島から元気パワーを発信!
開催時期 平成23年9月4日〜11月5日
開催地(10) 大竹市、東広島市、広島市、福山市、三次市、世羅郡世羅町、廿日市市、尾道市、呉市、
安芸郡府中町



屋外会場

屋内会場

大阪からやってきた
シンガーソングライター
「むんむ」さん
 イオンモール広島府中ソレイユでの開催は、広島ミュージックジャンボリー2011の最終回。屋外会場はバンド系の演奏、屋内会場はアコースティック系の演奏が行われた。
 多数の来店者がイベント会場の熱気に誘われて立ち止まり、音楽ライブを聞いていた。聴衆者数はざっと屋外会場200人、屋内300人。たいへんな盛り上がりを見せていた。
 私が屋内会場の席に座ると、隣にシンガーソングライターの「むんむ」さん(右の写真)が座っていた。さきほど出演し、「まじめに生きる」ほか3曲歌ったとのこと。どこから来たのかと聞くと、
「大阪です。インターネットで見つけて応募しました。こんな大きなイベントは大阪でもありません。羨ましいですね」
 と、彼女は答えた。気配りのある感じのいい娘さんだった。
 フィナーレは参加者が全員壇上に集合して、広島ミュージックジャンボリーのイメージソングを歌った。参加者の別れの合言葉は、「来年も会おう!」。ほんとうに楽しいイベントだった。感謝!


 「うたをつなごう」
※HMJ2011イメージソング(毎年募集するので昨年と違う)


 作詞・作曲:竹田 勝也
 唄・演奏:待夢達(タイムズ)

  この街に帰ってきたよ うたの船はまだ僕らの心を
  果てしない夢のメロディ 追いかけ続ける仲間と共に
  たくさんの唄の絆が 人から人へと つながったこと
  いつまでも 忘れられないよ うたはいつだって 力をくれる
  あの頃の憧れとときめきが 声になる歌になる想いに変わる
  うたをつなごう 街から街へ きみのうた声が 元気をくれる
  うたをつなごう 広島の空で みんなのうた声を ひとつにしよう
  この街の香りがしたよ 優しく懐かしい香りに包まれ
  うたえること大切にしたいよ 命のきらめきを感じられるから
  何気なく口ずさむメロディも  言葉にして うたいだせば 心に届く
  うたをつなごう みんなの心へ 重なる想いに 理由はいらない
  うたをつなごう 世界の空に みんなのうた声が 勇気をくれる

  

フィナーレ 参加者全員集合


前田満樹さんとQ&A

右から2人目 前田満樹さん

右から2人目 前田満樹さん
一番右はご主人

家族揃って参加

  まず最初に、前田さんのルーツからお願いします。


前田  大竹市出身です。大学は東京に出て武蔵野美術大学でデザインを専攻し、その後帽子のデザイナーになりました。結婚後も帽子の方はそのまま続け、今日に至っています。


  それで、おしゃれな帽子をかぶっていらっしゃるのですね。とてもよく似合っています。


前田  帽子はオーダーにより作っています。お客さんの好みに応じて作っているのでたくさんはできません。お客さんが喜んでくださるのが一番嬉しいですね。


  地元の大竹市へはいつお帰りになったのですか。


前田  東京、神戸を経て広島市に住んでいたのですが、主人が心筋梗塞になったのをきっかけに、主人が経営していた会社をたたんで、大竹市に帰りました。9年ばかり前のことです。


  音楽の道に入られたきっかけは?


前田  主人は若いときからギターをやっていたので、これから大竹で楽しく生きていこうということで、フォークソングサークルを作りました。
私は声が低く、子どものとき、みんなと歌うことができませんでした。これがトラウマになっていたので、私は「がんばって」とエールを送っていたただけでした。そんな私に、主人がアメリカのフォークグループ「ピーター・ポール&マリー」の歌を聞かせ、歌わないかと誘ったんです。
 マリーの音域は低く私でも歌えたので、主人の音楽仲間に入りました。
 それから日本のフォークソングを歌う「メローイエロー」とUSAフォークを歌う「ザ・フォーク・メローズ」を結成し、いろいろな場所で歌うようになりました。


  たいしたものですね。歌うことに目ざめたわけですね。


前田  そうですね、遅まきながら(笑)
 団塊の世代にとってフォークソングは、とてもなつかしい曲なんですね。聞きに来た人が楽しんでる顔を見ていると、歌う側と聞く側が一緒になれば、素晴らしい大きな力が生まれるのではないかと感じました。今、世の中が厳しくなり、心を病んでいる人も増えています。一人ひとりの力は小さいけれど、楽しいことをみんなで力を合わせてやれば、少しは世の中が明るくなるかもしれないと思ったんです。


  具体的にはどんなことをしようと思いましたか。


前田 2年前、あるフォークソングのイベントに行くと、2000人くらいの聴衆が集まっており、その熱気はたいへんなものでした。私は4〜5年前から構想を持っていたので、広島でもやれるのではないかと思いました。そこでフォークにこだわらないノージャンルのミュージックジャンボリーを立ち上げようと思いました。ちなみにジャンボリーは英語で、お祭り的ビックパーティを意味しています。


  大きな着想ですね。




廿日市文化ホールさくらぴあ


前田  さっそく音楽仲間に声をかけましたが、残念ながら反応は今一でした。
「ほんとうにそんなことができるの」
「お金がかかるよ」
「たいへんそう」・・・etc。
 しかしと私は、
『リスクがないのが強みだ。私が責任をとる。グループでなく、私個人で立ち上げればいい』
 と思いました。楽観的とは思いましたが、進んでみなければわからないと思ったんです。
 イベントの名称は「広島ミュージックジャンボリー」とすることにし、ノージャンルで開催することにしました。


Q  仲間は増えましたか。


前田  最初は5人ばかりでしたが、やがて10人になり、今では30人ぐらいになっています。


Q  どんなことから始められましたか。


前田  まず最初にホームページを立ち上げ、出演者を募集しました。それからイメージソングを募集して作りました。会場は広島県内の各地に求め、リレー方式で音楽ライブを実施することにしました。
 原則として参加者の手弁当ということにしましたが、最低限の開催資金が必要なので、3000円の賛助会員を集めたり、500円のサポーター証を発行したりするなど、いろいろやりくりしました。あちこちで告知ライブもしました。





  それから本番ですね。


前田  まず30人の実行委員を決めスタートしました。2010年は9月11日から10月10日まで、毎週土日に9会場でライブを開催することにしたところ、108組220名の参加者がありました。2011年の開催期間は9月4日から11月5日まで、開催地は10地域12会場、120組300名の参加者がありました。
 演奏者・スタッフ・観客が一体となって、全員惜しみなくパワーを発信しました。感動的なライブになったと思っています。


  今年の開催に当たっては、新たに「東日本大震災被災地の復興を願い広島から元気パワーを発信!」というコンセプトが入りましたね。何かきっかけがあったんですか。


前田  昨年の参加者のなかに、仙台から来られた方がいまして、3月に被災されました。それがきっかけとなり、福島フォークソング会長さんを紹介されたので、その方に連絡をとると、
「福島には全国から来られる人がどんどん減っており、とてもさびしい。これからの福島はどうなるのだろうかと思うと暗い気持ちになる」
 と言われました。
「広島は原爆が落ちたとき、100年は草木も生えないだろうと言われましたが、今では復興して素晴らしい街になっています」
 というと、たいへん喜んでくださり、「ぜひこの目で広島を見て福島に伝えたい」と、今年のライブに参加されました。
 そんな経緯があって、被災地東北のために何かお役に立つことがあれば、小さいことでも継続して実施していこうということになりました。


  いい話ですね。今年のイベントも成功裏に終わり、ほっとされたことでしょう。


前田  達成感はありましたね。これは参加者全員の共通の気持ちだと思います。しかし、暇にはなりません。すでに来年のHMJ2012の会場決定や参加者募集などを進めており、来年に向けてのライブも始めています。


Q  すごいバイタリティですね。これからの抱負は?


前田  現在集まった実行委員は、自身のHMJという認識を持つようになり、それぞれの歩みで参加しています。これがHMJの運営の大きな力となっています。そのみんなの力を結集し、少しずつHMJの輪を広げ、今後は地域の発展にも役立つようなイベントにしていきたいと思っています。


Q  今日は素晴らしいお話を聞かせていただき感動しました、さらなるご成功を心から祈っています。



2011.11.12  戸村彰義

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