出会いの場交流の場・あかとんぼ
自分も楽しく、他人も楽しくをモットーに!!
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| お好みハウス あかとんぼ |
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福田誠三・英美さん
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左 福田誠三さん
右 福田英美さん
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福田 誠三・英美(ふくだせいぞう・ひでみ)さん
お好みハウス あかとんぼ
広島市中区竹屋町2−38
Tel 082-241-8463
URL http://akatombo.zero-yen.com/
○営業時間・・・11:30〜14:00・17:30〜21:00
○無給 木曜日の夜のみ休み
○駐車場・・・あり
○最寄バス停・・・広電バス・広島バス 竹屋町下車 徒歩2分
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福田誠三さん夫妻が経営するお好みハウス「あかとんぼ」は、広島風お好み焼き+つけ麺の店として定評があります。加えて、最近いろいろな楽しいイベントを常時開催しており、出会いの場・交流の場「あかとんぼ」としても好評を博しています。その経緯や状況を福田夫妻にお尋ねしました。
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あかとんぼ前景 |

幸せいっぱい!!福田ファミリー |

福田家家訓 |

双子の兄弟(若かりしころ)
左 兄 福田一嘉さん
右 福田誠三さん
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ぼくは双子兄弟の弟だった
Q 今日は、お好みハウスを経営されている福田誠三さんと奥さんの英美さんに、出会いの場・交流の場としての「あかとんぼ」についてお伺いしたいと思います。お2人はとても楽しいご夫婦と聞いており、楽しみにしています(笑)。
最初に、誠三さんのルーツからお聞かせください。
誠三 あかとんぼは、以前トンボ食堂と言い、父が経営していました。1960年、トンボ食堂で私は生まれました。当時は、病院でなく、産婆さんの手で赤ちゃんが生まれるのが普通だったんです。産婆さんは、1人生まれてきたので、これで終わりかと思ったら、もう1人小さな赤ん坊が出てきたのでビックリしたそうです。この赤ん坊がぼくです。未熟児だったので、直ちに大学病院に移されました。
Q 珍しいですね。一卵性双生児だったんですか。
誠三 そうです。ですから2人は非常に似ていました。顔立ちだけでなく、行動も似ていました。とても仲が良かったですね。高校までは海田にある学校にいっしょに通いましたが、大学で初めて離れ離れになり、兄の一嘉は近畿大学の理系、ぼくは修道大学の文系を専攻しました。
単位をとるため、互いに替え玉になったこともあります。似ているため全然ばれませんでした(笑)。
Q 似ているということは、いいことも多いんですね。
誠三 大学を卒業すると、2人はいっしよにモーツァルトに入りました。夢はケーキ屋でした。だから製造部門を希望したんですが、回されたのは接客部門でした。ぼくは2年、兄は3年して辞めました。それからぼくは大阪に行き、半年ばかり関西風のお好み焼き屋に勤めました。関西風のお好み焼きには魅せられましてね。これで商売をしょうと思いました。
25歳のとき、兄弟2人であかとんぼの経営を始める
誠三 1986年12月30日、父がトンボ食堂を引退しました。ぼくが25歳のときでした。そこで、ぼくたち兄弟が引き継ぐことになり、店舗名をあかとんぼ、事業内容を食堂からお好み焼きに変えました。お好み焼きは、関西風お好み焼きと広島風お好み焼きです。
Q どちらがたくさん売れましたか。
誠三 どうしたことか、売れるのは大半が広島風お好み焼きでした。そのため、関西風お好み焼きは3年で撤退しました。当時はバブル期でしたし、近所に広島大学や工場もあったので、いつもお店はお客さんで満員でした。おかげさまで、借金は早く返せました。
Q そのころ、奥さんになられる英美さんに会われたんですか。
誠三 27歳のとき、友だちに紹介されて知り合ったんです。彼女は、ぼくと同じ年でした。付き合って1年後、結婚しました。
Q 早技ですね。お互いに惹かれるところがあったということですね(笑)。
誠三 いっしょにやっていけると確信したんです。彼女はピアノの先生をしており、ぼく以上の収入があるんです。二馬力なので、ずいぶん貯金できました。もちろん、それが目的で結婚したわけではありません(笑)。ピアノの先生は3年後辞めました。

左 岡寺賢一さん
中央 福田英美さん
右 福田誠三さん |

クリスマスコンサート
左 十輝(とき)くん
当店で第3金曜日ライブ
19:30〜21:00
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クリスマスコンサート
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クリスマスコンサート
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中央 エド先生
当店で英会話教室
毎週火曜日 7:30〜9:30
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当店で有機野菜市
毎週第3土曜日昼間
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英美 3人目の子を孕みましたので、これを機会に辞めたんです。
Q 子どもさんは、現在何人いらっしゃいますか。
英美 4人です。女22歳、女19歳、男17歳、女13歳です。みんなバスケットが大好きです。私は応援団ですが・・・・。
岡寺 上から2番目の娘さんは全国レベルです。
奥さんは、大学ではバンドを組み専門のギターを受け持っていらっしゃいました。
福田さん一家は、家訓にあるとおり、みんなやさしくて明るくて、ほんとうに楽しい一家です。
※岡寺さんは、司会応援者として特別に参加してもらいました。
35歳のときから冬の時代に
Q 商売が順調な時期は、ずっと続きましたが。
誠三 35歳のとき、状況が一転しました。バブルがはじけ、おまけに、広島大学が東広島市へ移転したんです。工場もなくなりました。悪いことが重なり、毎日、閑古鳥、まさに「夢のあと」になりました。二家族分の収入を上げることは絶望的でしたので、兄と相談したところ、兄は、「自分は広島から離れる」と言いました。
Q それはつらかったですね。
誠三 兄は、今、県北の千代田町で美味しい水を使ってパン屋さんをやっています。
Q お好み焼きのほうも、いろいろ工夫されたでしょう。
誠三 40歳になったとき、お好み焼きの宅配便を始めました。さらに45歳のとき、つけ麺を始めました。お好み焼きとつけ麺をやっている店は広島にはありませんでした。
出会いの場・交流の場に生まれ変わった「あかとんぼ」
誠三 47歳になったとき、「あかとんぼ」の経営は一変しました。今日特別参加された岡寺さんが、「お客さんを待つのではなく、呼んだらどうだ」と言って、いろいろなイベントを開催することを提案してくださったんです。
岡寺 私が知っているミュージシャンなど、いろいろなタレントをつれてきて、この店でイベントをやりました、ここの場所は結構広いので、やり易かったですね。
誠三 お客さんがたいへん喜んでくださり、大成功でした。こんな方法があったのかと思いましたね。
英美 その頃から主人は変わりましたね。お好み焼きを焼くとき、気分が向かないときはそれが顔に出ていましたが、今ではいつも楽しそうにお好み焼を焼くようになりました。
Q それはほんとうに良かったですね。
誠三 出会いの場・交流の場が広がり、仕事が楽しくなりました。接客には苦手意識を持っていたんですが、今ではなくなりました。ぼくだけでなく、家内も結構嬉しそうな顔をしています(笑)。
Q 岡寺さんのタレントによるイベント以外にも、いろいろやられていますか。
誠三 例えば、次のようなことをやっています。
◇十輝(とき)くんのすぱっチュLIVE
第3金曜日19:30〜21:00
お好み焼き付きで1500円
◇イギリス人エド先生による英会話教室
毎週火曜日 7:30〜9:30
1回1000円 コーヒー300円
◇中国人留学生とたんめん・ぎょうざを食べる会
◇有機野菜市
毎週第3土曜日昼間
Q これからの抱負は。
誠三 あかとんぼを「人と交流の場」にすることは、これからもずっと続けていきたいですね。「自分も楽しく、他人も楽しく」をモットーにしていきたいと思っています。
Q とてもいい話ですね。これからもきっと商売繁盛です。福田ファミリーのお幸せを心から祈っています。
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| 2012.2.8 戸村彰義 |
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