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パワードパラグライダーで
空を飛び写真を撮影する
 西村 博夫さん





西村 博夫さん
西村 博夫(にしむら ひろお)さん  
1959年生まれ


(有)空撮ジャパン 代表取締役

〒755-0153
山口県宇部市床波1丁目25番19号
Tel&Fax 0836-51-7633


E-mail  nishimura@kuusatujapan.jp
URL http://www.kuusatujapan.jp




  


 西村博夫さん(52歳)が初めてパラグライダーで空を飛んだのは、39歳のときだった。それからすぐにパワードパラグライダースクールに入り、卒業すると「オノダスカイスクール」を開設した。そのときの会員数は150人で、空前の大成功と評判を呼んだ。4年後にはそのスクールを閉鎖して、パワードパラグライダーで災害地等を撮影する(有)空撮ジャパンを開設、現在に至っている。
 彼のモットーは「後ろを振り返らない。前進あるのみ」。新しいテーマが見つかると、力いっぱいぶつかっていく。そのパワーは他に追随を許さない。
 
 パラグライダーとパワードパラグライダー
◆パラグライダーは簡単にいうとパラシュートを発展させたもので、 薄い布と細い紐でできている。動力を持たないため上昇気流を捕まえなければ高く上がれないが、上昇気流にのると1000m以上上昇したり、3時間以上飛んだり、10km以上移動したりする。


◆パワードパラグライダーは、別名パラモーターあるいはモーターパラグライダーともいわれる。パラグライダーにエンジンをつけたもので、エンジンでプロペラを回転させ自由自在に空中を飛行する。上空でエンジンを止めるとパラグライダーと同じように滑走飛行できる。
 パワードパラグライダー
は、航空機やウルトラライトプレーン(超軽量動機・航空機の一種)のような規制がなく、わずかな空き地からテイクオフして自由に飛ぶことができる。

 西村さんとのQ&A

  まず西村さんのルーツからお話しください。


西村  昭和34年山口県生まれです。小学校から高校までは地元で修了し、それから大阪に出てサラリーマンになりました。22歳のとき結婚し35歳のとき離婚しました。当時小学生の2人の娘がいたのですが、事情があって会えなくなりました。これはほんとうに辛かったですね。
 会社を退職し山口に帰りましたが、何にも手がつかず、ひきこもりのような状態になりました。


  たいへんでしたね。


西村  ひきこもり3年目のとき、気分転換に沖縄に遊びに行きました。そこで、「ひげのおじさん」仲里裕和さんに会いました。彼はパワードパラグライダー歴13年の日本チャンピオンでした。人間性も素晴らしい人で、私は全面的に心服、パワードパラグライダー入門を申し出ました。
残念なことに仲里裕和さんはこのときから10年後(55歳)、白血病で亡くなられました。


  すぐにバワードパラグライダーの練習を始められたんですか。


西村 
 最初に、パラグライダーで150m飛びました。すごく高いところから平地に目がけて飛び込むので、たいていの人がびびるそうですが、私は命なんかどうでもいいと思っていたので怖くありませんでした。皆さんは私の度胸のいいのにびっくりしていましたね。
 仲里さんにパラグライダーとパワードパラグライダーのどちらを習うかと聞かれたので、躊躇せずにパワードパラグライダーと返事しました。それからスクールに入ったんです。


  スクールの教習はたいへんだったでしょう。


西村  まず、機械一式を購入するのに150万円かかりました。スクールは「ビギナー、クラス1、クラス2」の3コースあります。通常なら2年かかるところを4ヶ月で修了しました。それこそ必死で練習しましたからね。それでもホテル代も含めて1000万円近くかかりました。親の遺産が少しばかりあったんですが、素寒貧になってしまいました(笑)。


  卒業後は何をなさることにしましたか。


西村  仲里さんを始め皆さんが、「スクールを開設する以外にない。皆で応援するから土地を探せ」と言うんです。そこで場所探しを始めました。なにしろべらぼうに大きな敷地がいるので、どこへ行っても断られました。


  パワードパラグライダーを練習するとなると、半端な敷地ではダメでしょうね。


西村  ある日偶然に、小野田市にかっこうの土地を見つけました。共英製鋼山口営業所の所有地だったので、事務所を訪ねると応接室に通されました。応対の感じもいいし、これは幸先いいぞと思っていると、永田紘文所長が入って来られました。彼は以前、ウルトラライトプレーンの練習場で会った方だったんです。

 


  ほう、偶然ですね。


西村  永田所長は、「土地を貸してあげるよ。無料でいい」と言われました。夢かと思いましたね。永田さんは、ウルトラライトプレーンで飛行されているので、パワードパラグライダーもやってみようと思われたのかも知れません。


  素晴らしい出会いでしたね。


西村  1999年4月2日、念願のパワードパラグライダースクール「オノダスカイスクール」をオープン。会員150人という大成功のスタートになりました。会員の平均年齢は60代で、山口県の方ばかりでした。永田所長は、1年後に入会してくださいました。


  それからは順調でしたか。



西村  3年目がピークでしたね。会員の方の技術は、どんどん上がりましたが、新規会員が増えません。山口県は市場が狭いんですね。最も大きな収入源は機材の販売でしたが、インターネットが普及するにつれ、そちらで購入する人が増えました。これも経営を圧迫しました。


  それはたいへんでしたね。


西村  そんなとき、モーターパラグライダーで空撮し、商売している人がいると聞いたので、いろいろ研究した結果、これはいけると思い、
オノダスカイスクールを閉鎖、(有)空撮ジャパンを設立しました。


  オノダスカイスクールの閉鎖はもったいなかったですね。


西村  土地は返しましたが、まだ場所を使わせてもらっているので、1週間に1度、皆が集まって空を飛んでいます。もちろん私もです。
 パワーグライダーのスクールは県に1ヵ所はあります。パワードパラグライダーも、スクールかクラブが県に1ヵ所くらいはあると思いますので、ご希望の方はインターネットを検索してみてください。



  空撮というと、飛行機やヘリコプターでもやっていますね。


西村  セスナやヘリコプターは300m以下のところを飛ぶことができないなど、いろいろな制約がありますが、
パワードパラグライダーにはそのような制約がないので、きめこまかな撮影ができます。それに格段にコストが安いのが魅力です。


  パワードパラグライダーは危険ではないですか。


西村  風の強い日とか雨の日など、気象条件のよくない日は飛びません。したがって超安全で、いつも楽しみながら撮影しています。
 最近、地震や台風などの災害が増えているので、災害防止に役立つ写真撮影に力を入れています。


  モットーは?


 「後ろを振り返らない。前進あるのみ」です。猪突猛進ですね(笑)。
  これは蛇足ですが、先般、娘2人が私を訪ねてきて10年ぶりに再会しました。今では2人とも結婚し幸せに暮らしています。



 娘さんとの再会はほんとうによかったですね。今日は有益なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。


空を飛ぶ西村博夫さん


空撮した写真






 
 




2011.9.20/戸村彰義
    


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