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難病に負けず
歌に、司会に、多角的に活動する
小作(松山) 恵理さん


小作 恵理さん(こさく えり) 


ソプラノ歌手
司会


広島市中区広瀬北町8-6-1002
連絡先  090−8243−6150
E−mail  eri09082436150@ezweb.ne.jp 
ブログ 



小作(旧姓松山)恵理さんは、高校生のとき、難病指定されている「潰瘍性大腸炎」にかかりました。治療はたいへん厳しく絶食治療でした。そのため、毎日1日中点滴をしなければいけなかったので、病院から通学したそうです。その後病状が進み、28歳のとき、ついに大腸の全摘出手術を受けました。このような逆境にありながら、声楽家としてまた司会者として活躍、さらに最近は、脳力開発トレーニングの講師も務められました。彼女には素晴らしいチャームポイントがあります。「笑顔」です。この「笑顔」が逆境を克服してきた秘密かも知れないと思いました。

中学2年 ソフトボール部海外遠征



中学2年 ソフトボール部海外遠征

  小作さんは大病をしながら、たいへん明るくて前向きですね。まずルーツからお話しください。


小作  生まれたのは福島県郡山市です。1歳のとき父が広島に転勤しましたので、その後は広島で育ちました。学歴は、小学校から高校までが安田学園、それから広島文化女子短期大学 専攻科 音楽演奏専攻 声楽専修 修了
です。
 もともと私は体育会系で、中学1〜高校1年生までソフトボール部に所属しました。中学2年生、高校1年生のときのカリフォルニア遠征は、良い思い出になっています。
 


病院から通学


  発病されたのはいつですか。


小作  
アメリカから帰った年の12月(中学2年)、たちの悪い風邪をひいたときのように腹痛と下痢に苦しみました。それから一進一退。翌年の5月、両親が見るに見かねてマツダ病院に連れていってくれました。同病院には、父が仕事でご縁をいただいている大腸疾患の専門医西原先生がいらっしゃったのです。


病気を発見してくださった
西原先生(左)

高3夏休みも病院生活。
苦楽を共にしたかおりちゃん(左)と。
  それは良かったですね。


小作  
炎症がひどいので絶食治療を受けましたが、病名はすぐにはわからず、とりあえず腸炎ということになりました。それから半年後(高校1年生)、難病指定されている「潰瘍性大腸炎」と、病名が確定しました。


  それはショックでしたね。


小作  
それがそうでもありませんでした。今まで、わけもわからない病気に悩まされてきたので、病名がわかったときはラッキーと思ったんです。オマケに今まで支払った医療費が還ってきました。その理由を聞くと、難病は医療費控除が受けられるからということでした。ほんとうに有り難いと思いましたね。ただ残念だったことは、ソフトボールにドクターストップがかかったことでした。


  小作さんは、ほんとうに明るい性格なんですね。


小作  いえいえ(笑)。しかし、治療はたいへんでした・・・食べ盛りに絶食治療ですから。絶食治療はおなかを休ませるためにするのですが、そのため毎日1日中、右鎖骨下から点滴し栄養補給しました。義務教育でない高校は休むことができないので、病院から通学しました。
 病院生活は好きでしたね。入退院を繰り返すうちに、院内のドクター、看護師さん、看護助手さん、栄養士さん、守衛さん、入院患者さんたちと顔見知りになり、皆さんにとても可愛がっていただきました。今では、マツダ病院に育ててもらったように思っています。当時病院には、同じ年で同じような病気の女の子がいたので仲良くなり、病室を行き来して励ましあいました。


  その後の病状は?


小作  
28歳になったとき、長い間苦しめられてきた大腸を全摘出手術をしました。それまで「繊維系のものはいけない。辛いものはいけない。乳製品はいけない。牛肉はいけない・・・」など、禁止づくめでしたが、手術後は、これらがみんなOKになり、開放感でうきうきしました。
 この病気には完治はないんですが、振り返ると病気はマイナスばかりではなく病気故に得たものもたくさんありました。中でも1番大きなものは無償の愛の看護です。これからも前向きに病気とつきあい、誰かのお役に立ちたいと思っています。


「歌手」として、「司会者」として、生きる!!

  

益田 遙先生(右)
今でもレッスンしていただいています。

広島市役所市民サロンコンサート
テノール歌手三木貴徳氏と。

神田山荘楽しい食事と音楽の夕べ(右)
いつもは司会ですが1年に1回歌います。

ハワイアン・ジャズボーカルにも
チャレンジしています。

  声楽とのご縁は?


小作  高3の秋でした。高1のときソフトボール部を退部してから、園内の先生に「体はどう?がんばろう!!」とよく声をかけていただきました。中でも音楽担当の串山先生に「あなた、音楽の方面に進んだら?」と声をかけられたときは、思いがけなかったのでたいへん嬉しかったですね。それから音楽部(合唱)の練習に参加するようになりました。


  本格的に声楽を始められたのはいつからですか。


小作 
 高校3年秋から、益田遙先生のレッスンを受けさせていただくことになりました。初レッスンのときは驚きの連続でしたね。声のつや・響き・大きさ・高低音など自分の声が、たった1回のレッスンでどんどん変わっていくのを耳と体で実感したのです。それから声をだすことに、のめりこんでいきました。


  高校卒業後は?
 

小作  高校を卒業すると文化短大に進学しましたが、大学で入ったコースは、秘書士を目指しながら音楽ができる総合音楽コースでした。そこで本格的に声楽を学びたいと思い、その後専攻科(2年間)に進学し、声楽を専攻しました。
 ところが専攻科1年の冬、人生の大きな転機ともいえる横静脈血栓症になり1年間休学したんです。


  脳血栓ですか?驚きましたね。


小作  
はい。しかし悪いことばかりではありません。2カ月くらい原因不明の頭痛に悩まされていたので、原因が判明したときは良かったと思いました。
 それに休学中、MCフリーアナウンサーの小川尚美氏に司会を習うチャンスを得たのです。これは今でもたいへん役立っています。
 休学してよかったことはもう1つありました。専攻科1年の声楽の成績はトップではありませんでしたが、今度は1番になりました。おかげさまで専攻科を修了すると同時に、中・四国新人演奏会と広島市新人演奏会に出演独唱することができたんです。


   実力があるからこそですよ。


小作
  運が良かったんですね。それが縁となり「広島市役所サロンコンサート」の司会に抜擢され、さらに3年後には「神田山荘楽しい食事と音楽の夕べ」の司会を担当することになりました。両方とも、引き続き司会を務めさせていただいています。


・広島市役所サロンコンサート
  場所/広島市役所1F市民ロビー   
  日時/第4水曜日 12:20〜12:50
  入場料/無料

・神田山荘楽しい食事と音楽の夕べ
  場所/神田山荘レストラン神田山荘   
  日時/第4木曜日・金曜日 18:30〜20:30
  お食事代/5000円 (飲物別料金)


  歌の方はクラシック専門ですか。


小作
  唱歌・童謡・日本歌曲・オペラのほか、ハワイアンやジャズもかじっています(笑)。



「イプラスジム広島」を経て、今年8月から新たな展開に!!



29歳 結婚式
中央は一緒に入院生活をしていた
かおちゃん

イプラス レッスン風景

広島テレビ テレビ宣言で
脳力開発トレーニングをPR。

  ご結婚されたのはいつですか。


小作  平成16年、臨時職員として務めていたとき、主人と出会い結婚しました。早いもので5年になります。


  「イプラスジム広島」に務めたのはいつからですか。


小作
  平成18年からです。「イプラスジム広島」は、右脳教育の七田チャイルドアカデミーのグループで、中学生からシニアまでの脳力開発トレーニングを行っています。2年半前、「イプラスジム広島」に一般・シニアを対象にしたカリキュラムができたとき、その担当として私は採用されました。


  脳力開発トレーニングとはどんなことをするんですか。


小作
  発想力や記憶力、創造力、運動能力などのアップを目的として、メンタルトレーニング(α波のコントロール)、右脳開発トレーニング、ビジョントレーニング(眼)を行います。


  「イプラスジム広島」の成果はいかがでしたか。


小作
  この2年半、テレビ出演するなど全力投球してきましたが、今年の7月末をもって、私が担当してきた一般・シニア部門のカリキュラムが閉鎖されることになりました。それが決まったときは、目の前が真っ暗になり、自分には販売能力がないのだと落ち込みました。
 脳力開発トレーニングのカリキュラムはすばらしく、人にとって大切なことを学べる場でしたが、一見簡単そうで遊んでいるように見えるものも多いため、このトレーニングは本当に大切なことかと疑問視されることもありました。
 アットホームな環境で仲間に囲まれると、心身ともにリラックスした状態になります。こうした中で何かに夢中になっていると、潜在脳力が開花されやすいと言われます。イプラスジムではその状態を作り出していたと思うのですが、必ずしも伝わっていなかったようで残念に思っています。


  これまで全力投球してきたのに閉鎖になったのは、つらかったですね。


小作
  今ではようやく立ち直り、次の展開を考えることができるようになりました。
 私は販売面が強くないので独立はせず、今持っている中学2種音楽教育の免許をもとに、できれば小中学校の特別支援学級で、これまで培ってきた音楽、しゃべり、脳トレゲームなどにより子供と接していきたいと思っています。
 振り返ると、これまで多くの方にお世話になってきました。これからは歌や司会などのボランティアを通して、少しでもそのお返しができればと思っています。


  とてもいい考え方ですね。この2年半の経験は必ずお役に立つと思います。お身体にはくれぐれもご留意ください。一層のご発展を祈っています。


「積極人間の集い」で脳力開発トレーニングレッスン

2009.8.13/戸村彰義

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