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佐々岡優子さん
広島市在住
元広島カープ投手 佐々岡真司さん 夫人
おもてなし会 主催者
Partyclub Salon De myumyu
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佐々岡優子さんは、元広島カープの名投手佐々岡真司さんの夫人です。
現在、 おもてなし会Partyclub Salon De myumyuの主催者として、おもてなしの会を2〜3ヶ月に1回のペースで主催されています。誰でも気楽にできるセッティングと料理が好評で、現在80人近くの会員さんがいらっしゃるそうです。
佐々岡選手が現役の時から、優子夫人の内助の功は有名です。今日はプロ野球選手の妻として、どんな苦労があったかホンネで話して頂きました。
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Q まず最初に、佐々岡さんと優子夫人の出会いからお願いします。
佐々岡 初めて会ったのは、カープが優勝した1991年のオフのときでした。ゴルフコンペの後に行われた打ち上げ会で、彼女を紹介されたのです。
優子 その会には友だちが参加することになっていたのですが、彼女がアメリカへ出かけたため私が代わりに出席しました。 野球については関心がなく何もわかりませんでしたが、隣に座られた佐々岡さんは、なんとなく安心感の持てる方だと思いました。
佐々岡 その年は17勝し、最多勝利、最優秀防御率など、たくさんの賞を頂きました。そのため広島の街は2人で歩けるような雰囲気ではなく、いわゆる普通のカップルのようなデートはできませんでした。彼女には気の毒なことをしたと思っています。
優子 それから4年後に結婚したのですが、結婚生活に入って初めて、ひと目を気にせずにゆったりと楽しく過ごせるようになりました(笑)。
Q 人気選手には人知れぬ辛さがあるものですね(笑)。日常生活では、どんなことが一番大変でしたか。
優子 体調面・精神面のリズムの維持です。先発するときには、主人は数日前から神経が張り詰めていて、電話の音にもピリピリしていました。先発で負けたときには、とりわけしんどかったですね。
佐々岡 抑えで負けても、その翌日には試合に出られるので、それほど落ち込みません。ところが先発で負けると、次の登板まで1週間くらい間があるので、それまで嫌な気持ちをひきずります。
Q それはたいへんなストレスですね。
優子 主人と子どもたちの生活リズムが違うことも、たいへんでした。ナイターのときには、主人は試合前に軽食をし、夜11時過ぎに夕食をとります。そのため、翌日は昼頃まで眠っています。しかし、子どもたちは通常の時間に食事をし朝6時に起きますから、私は2つの生活をしなければいけません。そのリズムを維持するのがたいへんでした。
Q それは大きな問題ですね。ほんとうにビックリしました。
優子 結婚式披露宴のとき、監督さんを始め、そうそうたる方たちから、「奥さん、佐々岡をよろしくお願いします」と厳しいアドバイスを頂きました。その意味が、月日を重ねるうちにわかってきました。
Q 佐々岡さんが体調を崩されたことは?
佐々岡 抑えとして投げていたときのことです。遠征先の横浜で、全身に原因不明の湿疹ができました。猛烈にかゆくて妻に電話をすると、広島から新幹線で薬を届けてくれました。ストレス性の湿疹だったのですね。
優子 勝つとたくさんのファンが喜んでくださいます。本当に男冥利につきる仕事なんですね。こんな立派な仕事をしているこの人に、苦しみ全部、背負わせてはいけないと思いました。それからは洗面所や便所まで「負けるな、頑張れ」と張り紙をするなど、主人の励みになるようなことをいろいろやってきました。また、やみくもにトレーニングするだけではダメだと思い、優秀なトレーナーを探しました。そして西本直さんという素晴らしい方に出会うことができました。
佐々岡 西本さんには、ほんとうにお世話になりました。
Q 食事については、格別気を遣われたことでしょうね。
初夏のエスニックなおもてなし
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カルフォルニアなおもてなし
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優子 主人は、ひとつのものをたくさん食べるのが好きではありません。そのため、いろいろなバランスのとれたおかずを少しずつ出すようにしていました。好きなものは、おつまみ系のものです。私の特製カレーなどもよくリクエストしてくれました。
Q 佐々岡さんから食事の面で影響を受けたことも・・・・。
優子 私は納豆が嫌いでしたが、主人が好きなのでいつの間にか食べるようになりました。
Q 晩酌をされますか
佐々岡 缶ビール2本に焼酎を少々といったところです。2時間くらいかけて、ゆっくり食べながら飲むのが好きです。
優子 子どもたちや私の食事が終わった後、主人はマイペースで食事をしています。私はお酒を飲めなかったのですが、主人の影響でコップに半分くらいビールを飲めるようになりました。
Q 奥さんは料理をどこで習われたのですか。
優子 いろいろな教室にいきました。本を読んだり、お店で食べた主人の好きなメニューを見よう見まねで作ったりしました。
結婚する前、父と母が仕事をしていたので、私が食事を作っていました。もともと料理が好きだったのです。
佐々岡 夏でも体力が落ちることはありませんでした。別にムリして食べたわけではありません。妻の料理が良かったのだと思います。
Q 煙草は?
佐々岡 現役中は、いらいらすることが多いので喫煙していました。『引退すると煙草を止める』と妻に約束していたので、今では吸いません。
Q それは立派ですね(笑)。いざ、引退となると感無量でしたでしょう。
佐々岡 巨人戦でホームランを3本打たれたとき、これで終わったと腹をくくりました。まず、小林幹英コーチに伝え、次にブラウン監督に話しました。
優子 主人は、十分やったと思っています。ボロボロになるまでやらなくてもよいと思っていたし、引退の日がくることをいつも覚悟していたので、それほどショックはありませんでした。ブラウン監督には本当に大切にしてもらったと感謝しています。
佐々岡 広島カープに入って18年間、好きな球団で好きな野球をやらせて頂きました。この世界でいろいろなことを経験し成長させてもらったことを、心から感謝しています。
Q 今、奥さんが主催していらっしゃる「おもてなし会」は、佐々岡選手の食事のお世話の延長戦のようなものですね。これからも、二人三脚で豊かな人生を送ってください。本日は有難うございました。
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| 2009.1.26/戸村彰義 |
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