| 広島の神楽 横谷神楽団 |
神楽とサラリーマン
二足のわらじを生きる
石田斉さん
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石田斉さんは中国電力株式会社に務めながら、ライフワークの神楽に日頃から全力を注いでいる。現在、三次市にある横谷神楽団に所属しているが、なにしろ居住している広島市から遠く、思うように練習などに参加できないので、いろいろ思案した結果、「一人神楽」を考案、広島市を中心とした地域で公演することにした。それが予想以上の好評を得て、老人ホームや小学校など各種施設をボランテイアで精力的に回っている。
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石田さんのルーツ横谷小学校
2006年閉校
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一人神楽を演じる石田さん
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左 太鼓を叩く末っ子の大輝くん
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Q まず最初に石田さんのルーツについてお話しください。
石田 私は、1962年、広島県双三郡布野村横谷(現在、三次市布野町横谷)で生まれました。人口1000人足らずの過疎地域で、私の通学した横谷小学校は全校生徒数が30人くらいでした。残念ながら2006年閉校しています。
Q 中学校も横谷ですか。
石田 4歳上の兄は横谷中学校に行きましたが、私のときはすでに閉校していましたので、布野中学校に行きました。その後三次工業高校を経て中国電力会社に入社、三次市の事業所に勤務しました。28歳のとき広島市の事務所に転勤し現在に至っています。
Q 神楽との出会いは?
石田 横谷は神楽の盛んなところで、4歳上の兄は横谷中学校の文化祭で大江山を舞いました。私も横谷小学校の運動会のとき、神楽の真似事のようなことをしています。それが本格的な取り組みになったのは、1982年、19歳のときのことでした。
横谷小学校の校歌開き行事のとき、神楽をしようということになったんです。私は発起人の1人でした。その翌春横谷神楽クラブができ、1985年4月には横谷神楽団が20人くらいで発足しました。
Q 神楽団立ち上げにあたって一番苦労されたことは?
石田 資金繰りです。神楽は、うちかけ(衣装)が高価なんです。そのほかに太鼓や幕、小道具などを用意しなければいけません。資金が1000万円くらい必要でしたので、横谷地区の人たちに寄付を依頼しました。勿論、自分たちで率先しなければいけないので、団員もローンを組みました。
Q それは背水の陣でしたね。それから猛練習ですか。
石田 そうです。なにしろゼロからのスタートなので、一所懸命練習しました。その甲斐あつて、ボチボチ名前が知られるようになりました。
1986年から毎年、山口県小野田市の熊野神社に招かれたのは大きかったですね。東京都千代田区の鉄砲洲稲荷神社に1991年から5年間招かれたのも、たいへん励みになりました。明治神宮や熱田神宮などにもご縁で奉納させていただいています。おかげさまで素人神楽団が、年間公演回数約30回の神楽団に成長しました。
Q 団員も増えたことでしょう。
石田 なにしろ、布野町全体でも3000人くらいしかいないので、団員を集めるのに限界がありました。そこで門戸を広げることにし、三次市等近郊の若者にも声をかけました。その結果、女性の入会などもあり、現在では団員40人くらいになっています。
Q 石田さんは28歳のとき広島に転勤されていますね。それから神楽団の活動はどうなさいましたか。
石田 転勤したのは神楽を始めて9年目でした。仕事あっての神楽ですから、土曜日など都合のつくとき練習に参加したり、休暇をとって公演に出たりしていましたが、それではどうしても消化不良のような気持ちになるので、転勤して2年目に一人神楽を考案しました。
Q 一人神楽とは?
石田 神楽は2人か4人で舞い、これに太鼓など囃子が共演します。これを1人でやろうとするもので、囃子はテーブレコーダーを使用することにしました。
Q なるほど、反響はいかがでしたか。
石田 老人ホームや学校などいろいろな施設を回りましたが、おかげさまでたいへんな好評を頂いています。お年寄りや子どもさんの嬉しそうな顔を見ると役者冥利につきます。
Q 会社の仕事と両立させるのはたいへんでしょう。
石田 仕事あっての神楽ですから、仕事をなおざりにすることはしません。ありがたいことに、電力会社は地域文化の継承と地域貢献を非常に大切にしています。おかげさまで会社でも2回公演させて頂きました。
Q 小学校のPTA会長をされているとのことですが・・・。
石田 子どもが多いので、その役割が回ってきました。子どもたちは女、女、男、男、男で、年齢は21歳〜12歳です。末っ子が来年小学校を卒業するので、それで退任です。末っ子は、一人神楽のとき、太鼓を叩いてくれるので助かっています。
Q ほおー!元気を出して作られましたね。総理大臣から表彰してもらわなければいけません(笑)。5人も生めば1000万円くらい報奨金が出てもいいですねえ。そうすると少子問題は解決するかも知れません(笑)。最後に、これからの抱負について一言。
石田 これからも一人神楽を続けていきたいですね。いつまでも喜んでくださる皆さんの顔が見たいと思っています。
Q 今日はとても楽しいお話ありがとうございました。今後の更なるご健闘を祈っています。
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2008.8.25/戸村彰義 |
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