骨盤・筋肉矯正術を仕事に
広島シティハーモニー吹奏楽団で演奏を楽しむ
福田忠宏さん
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広島市比治山橋電停のすぐ傍に東陽治療院がある。そこで、福田忠宏さんは院長の福田豊さんとともに、骨盤・筋肉矯正術を行っている。同行してもらった患者のHさんによると、お2人の技術レベルは非常に高く、「並外れた指の持主」と噂されているそうだ。
福田忠宏さんにはもう一つ顔がある。広島シティハーモニー吹奏楽団の副指揮者&チューバ演奏者である。趣味でやっているとのことだが、その技術は素人の域をこえていると評されている。そんな彼は、ソフトでやさしく控え目な性格の好青年だった。
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福田さんの治療の様子 |

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Q 名刺に『骨盤・筋肉矯正術』と書いてありますが、この言葉からご説明ください。
福田 骨盤や脊椎の大切さは、一般に知られていますが、筋肉の大切さはあまり知られていません。身体の大黒柱である骨盤や脊椎を支えているのは筋肉なのです。また、脊椎より出た神経は、筋肉の間を通って手足や内臓にいっています。
したがって筋肉に歪みが生ずると、脊椎に圧迫や歪みなどか起きます。また、骨盤がずれると、頚椎・胸椎、腰椎に支障が出てきます。
これらを正常化することにより、自然治癒力を向上させ予防することが、骨盤・筋肉矯正術です。
Q 当院の治療方法は他にみられない特徴があると聞きましたが・・・。
福田 当院の治療方法は、私の父の福田豊が案出しました。一時的に身体のゆがみを取り除くのではなく、ゆがみの原因を骨や筋肉から取り除くことを主眼にしています。
Q 今日、同行していただいたHさんは、長年苦しめられてきた骨盤を当院で直してもらったと聞きました。
福田 骨は自立していると思われがちですが、筋肉が骨盤を要とした骨格を支えています。したがって骨盤がゆがんでくると、筋肉をかいして全身に悪い影響をおよぼします。Hさんの場合、骨盤のゆがみが取れたのですね。筋肉のつき方、骨格の形などは個人によってまったく違うので、各人に合った施術をさせていただいています。
Q 施術はお父さんとお2人でなさっているのですか。
福田 そうです。
Q 申し込めば、どこへでも来ていただけるのでしょうか。
福田 相談があれば、例えば東京でも大阪でもご要望に沿いたいと思っています。
Q 福田さんのお生まれはどちらですか。
福田 1972年、広島市で生まれました。それからずっと広島で育っています。父がドラム、母が琴をやっていたせいか、幼いときから音楽が好きで、中学に入るとチューバを始めました。運よく先輩の大学生にプロ並みの人がいたので、みっちり教えてもらいました。中学の吹奏楽部では部長をしていましたが、全国大会に出場し金賞をもらいました。なにしろ、全国の4,000校が出場、その中から選び抜かれていくのですから、ほんとうに嬉しかったですね。
Q 高校でも吹奏楽部に入られましたか。
福田 もちろん入り、チューバを演奏しました。中国大会には出場しましたが、全国大会にはいけませんでした。
Q 高校卒業後は、どうなさいましたか。
福田 大学で音楽を専攻したかったのですが、当時、父の健康状況の不安もあり大学は断念、父のもとで骨盤・筋肉矯正術を修業することにしたのです。
Q 一人前になるまではたいへんでしたでしょう。
福田 最初の3年間は、お店番やバイトをしながら、父にマンツーマンで教わりました。父のほかにも、大阪や神戸、岐阜、埼玉などに行き、師と仰いでいる人たちからいろいろ教えていただきました。今でもその関係は続いています。
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広島シティハーモニー吹奏楽団 |

福田さん愛用のチューバ。
金管楽器の中で、
一番大きく低い音が出る。 |
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Q 今では、お父さんと同じくらいのレベルになられましたか。
福田 父が100とすると、95くらいまでいったと思うのですが、それ以上にはなかなかなりません。いろいろな先生方から教わった技術をプラスすると、100までいっているかなと思っています。
Q お父さんのオリジナルなレベルはすごいんですね。
福田 筋肉の束の中の小さな歪みを指で触っただけで見つけるんです。私の尊敬する他県の先生も、父の技術は全国でも指折りと言っています。
Q どのようにして、そんな力をつけられたのでしょうか。
福田 私が中学生の頃、父は指や腕が動かなくなりました。病院では、原因不明で治らないといわれ会社も退職しました。その後、東洋医学の力で治し、それからその道に興味を持つようになり勉強を始めたのです。その実験台は専門学校に行っていた姉や家族でした。姉は、高校でバレエを始めましたが、なにしろスタートが遅いものですから、身体の歪みに悩まされていました。それを父が治そうとしたのです。
Q それはたいへんでしたね。随分、長い期間がかかったことでしょう。
福田 それが、なんとおよそ1年で開眼したんです。父は生活がかかっていたので、必死だったと思います。毎日のように姉と家族に向かい合っていました。もちろん、そのとき、全てがわかったわけではなく、現在でも新しい技術を研究、レベルの向上を目指しています。
Q 福田さんが広島シティハーモニー吹奏楽団に入られたのはいつですか。
福田 5年前のです。チューバの演奏のほか、副指揮者を担当しました。人と人のつながりの調整など、指揮者の裏方の仕事です。ときには指揮者に代わって指揮することもあります。私にはこの仕事が向いていたんですが、今年の春、指揮者が人事で異動しました。そのため、急遽、指揮者を務めなくてはならなくなったのです。早く正規の指揮者に入ってもらいたいと思っています。
Q この楽団の特色は?
福田 入りたい人には、だれにも門戸を開いています。コンクールの出場を目的としていないので、とても楽しい雰囲気があります。そうした中でより高い演奏を目指しています。ちなみに、現在の団員は45名です。
Q 施術と音楽は、どちらが楽しいですか。
福田 施術と音楽は別物ですから、比較は難しいですね。施術の結果、身体の具合が良くなって喜んでいらっしゃる人たちを見るのは嬉しいですし、音楽をやっているのも楽しいです。他にもスノーボートや釣りなどたくさんの楽しいことをやっています。
Q 今日は、ほんとうに有益な話を聞かせていただき有難うございました。
| 福田忠宏さんの略歴 |
| 1972年 |
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広島市生まれ。 |
| 中学生時代 |
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チューバを習い始める。
吹奏楽部に入り部長を務める。同吹奏楽団は、全国大会に出場、金賞を受けた。 |
| 高校生時代 |
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チューバを演奏する。高校吹奏楽部は中国大会に何度も出場した。 |
| 高校卒業後 |
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音大に進みたかったが、家庭の事情から断念し、父の事業「骨盤・筋肉矯正術」の道に進むことになり、マンツーマンの厳しい指導を受ける。 |
| 31歳 |
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広島シティハーモニー吹奏楽団に入る。チューバの演奏をするほか、副指揮者になる。 |
| 36歳 |
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指揮者の転勤により、指揮者となる。 |
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| 広島シティハーモニー吹奏楽団とは |
| URL |
http://www.hchweb.com/ |
| 創立 |
1980年 |
| 運営方針 |
団員が自主的に運営する一般楽団。
楽しく演奏することを目的とし、コンクールには出場しない。年間4回のコンサートを開催。 |
| 練習日 |
第2・4週土曜日18:00〜21:00 第1・3・5週日曜日14:00〜17:00 |
| 練習場所 |
主として広島市南区民文化センター音楽室 |
年間
スケジュール |
◇市民バンドフェスティバル/10月上旬
◇クリスマス・コンサート/12月中旬 |
◇ さざなみフェスティバル (2月上旬)
◇定期演奏会/7月上旬⇒今年の予定 |
| 團費 |
2500円/月 |
| 資格 |
高校生以上 |
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2008.6.13/戸村彰義 |
バックナンバー
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