| お年寄りの枕元でライアーを奏でたい |
ライアー奏者 宇月 彩さん
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| ライアーがとてもよく似合う人がいる。宇月彩さんである。彼女は、幼稚園や学校、病院、教会、老人ホームなど、いろいろなところへ出かけてライアーの演奏をしている。ライアーとはどんな楽器か、どんな魅力があるのかなどについて伺った。 |
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ライアーとは
ライアーは木の枠に弦が張られただけの素朴な楽器です。その歴史は古く、古代エジブト
絵画の中にもその姿を見ることができます。
現代のゲルトナー・ライアーは、1926年に、ドイツの教育学者ルドルフ・シュタイナーの
提唱で、プラハとゲルトナーが共同提案したものです。現在、世界各地で子どもの教育や
音楽療法などに活用されています。
日本では、宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」の主題歌を木村弓さんがライアーで弾き語り
したことで、広く知られるようになりました。
ライアーには、ゲルトナーだけでなく、コロイ、ザーレム、ケルティツク、ローズ、アウリス
など、いろいろな種類があり、それぞれ音色が違います。
ライアーの音色は美しくてやさしく、透明でぬくもりがあり、神経や内臓の緊張を緩める
働きがあります。
ライアーは重さが1〜2kgなので、どこでも簡単に持ち運びできます。
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野外で演奏する宇月彩さん
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親子で聞くコンサート
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育児サークルにて
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Q まず最初に、ライアーについて簡単に説明してください。
宇月 ライアーのあらましは上記のとおりで、私が持っているのは、ゲルトナーのソプラノライアーです。
赤ちゃんをだっこするようにライアーを膝にかかえ、顔をなでるようにして弦を弾きます。弦は2〜4オクターブで張られており、ピアノと同じ音の配列になっています。右手側がピアノの白鍵、左側が黒鍵に当たります。身体から離れた方の音が低く、近づくほど音が高くなります。
初めて触った人でもすぐに音が出せるので、とっつき易い楽器だと思います。
Q 現在、ライアの演奏活動はどんなところでなさっていますか。
宇月 幼稚園や学校、病院、教会、老人ホームなど、いろいろなところへ出かけています。いわゆる『ロビー演奏』ではなく、ロビーまで来られない患者さんやお年寄りの枕元で演奏するのが好きです。
Q 演奏活動されていて、印象に残っていることは?
宇月 印象に残っていることはたくさんありますが、次の事例はとりわけ心に残りました。
交通事故で15年間寝たきりになっている30代の男性のところへ行きました。お母さんが24時間介護されています。ライアーを弾くと、患者さんの機嫌がみるみるよくなり、お母さんがびっくりされていました。
その傍で、少し呆け症状のあるおばあちゃんが、音楽に合わせてピアノを弾く素振りをしたり鼻歌を歌ったりされていました。彼女は元教師ということでした。
Q ライアーの指導もなさっているそうですね。
宇月 教室を設けています。ライアーは個人個人によって出てくる音が違うので、まず人柄を理解して、その人に合った指導をするようにしています。その他にピアノの教室も開いています。
Q 生い立ちやライアーとの出合いについてお話ください。
宇月 生まれは山口県防府市です。幼少のときからピアノが好きで、ごく自然な気持ちでピアノに向かっていました。大学は国立音楽大学教育音楽科に入り、卒業後は地元の高校で2年間教鞭をとりました。結婚して退職しましたが、ピアノの指導は子育てをしながらずっと続けてきました。
Q 平穏で幸せな人生だったんですね。
宇月 ところが8年前母が亡くなってから、そんな人生が一変しました。母が亡くなったショックで精神的に不安定になり、ピアノの音を聞くと耳に痛みを感じるようになったのです。そのため思い余って音楽療法を受けましたが、音楽教師の習性からかいろいろ考えてリラックスできませんでした。
そんなある日、亡くなった母が好きだった『♪川の流れのように』を聴いていると、母との思い出が蘇り涙が止めどなくあふれてきました。そのときから、耳ざわりだったピアノの音が気にならなくなくなり、自分を癒し自分を表現できる楽器がほしくなりました。
楽器探しを始めてから2カ月ばかりたった日のことでした。ふとテレビを見ると、木村弓さんがライアーを抱っこされていたのです。あっ、これだと思いましたね。音色を聞いて間違いないと確信、ゲルトナー・ライアーを買い求めました。

パーキンソン病友の会にて
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老人ホームにて
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老人ホームにて
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ライアー発表会
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Q ライアーはどなたかに習われましたか。
宇月 ピアノの蓄積があったので独学しました。仲間とアンサンブルもしました。しかし、すぐには上達しませんでしたね(笑)。
Q それで、精神的なショックは癒えましたか。
宇月 悪いことは重なるものですね、母が亡くなってから3
年目に、今度は父が直腸ガンで倒れたのです。余命1ヶ月といわれた父の枕元で、夢中になってライアーを弾きました。父が息を引き取るまで弾き続けました。父は意識がありませんでしたが、心に届いたと思っています。
父が亡くなると茫然自失、心にぽっかり空洞があいたような状態になりましたが、喪主の務めや相続など面倒なことを次々に処理しなければなりませんでした。それに息子たちの受験も重なったので、心身ともに疲れ果て体調をこわしてしまったのです。
Q 本当にたいへんでしたね。
宇月 その後もしばらくは体調がすぐれませんでしたが、ライアーのおかげで次第に良くなっていきました。この長く苦しいトンネルから抜け出たとき、不思議なことに音楽に対する考え方が大きく変わっていたのです。
幼いときは、ピアノをビュアな気持ちで弾いていたのに、いつのまにか評価を前提に弾くようになっていました。ライアーを始めてからも、しばらくはこんな気持ちが残っていましたが、だんだんと薄れていき、幼いときの自然な気持ちを取り戻すことができました。楽譜どおりに上手に弾かなければならないという固定観念から解放されたのです。
そうしているうちに、ピアノで蓄えた力をライアーに生かせるようになり、いろんなジャンルの曲が弾けるようになりました。アレンジもできるようになってきたのです。
Q 学校や福祉施設などで演奏されるようになったのはいつごろからですか。
宇月 本格的に始めたのは、3年前からです。音楽観が変わると、不思議なことにライアーの出演依頼が増えてきました。
ピアノのときは、人前で演奏をしたいと思ったことはありませんでした。ライアーを始めてからも初めのうちは、人前で演奏することは考えてもいなかったのです。ところが、いつの間にか自然な気持ちで演奏するようになっていました。
Q 「宇月彩」のお名前をつけられたのはこの頃ですか。
宇月 そうです。3年前、今までとは違った自分をつくり、新しい生き方をしていこうと思いました。そうして考えに考えたうえ、こんなネーミングをしたのです。
Q 雰囲気のあるお名前ですね。これからの抱負はどんなことをお考えですか。
宇月 私のライアの一番いい音を出したい、そうして、お年寄りや身障者などの枕元へいき、その音を届けたいと思っています。そうした人たちにやさしくなれる自分が一番好きなのです。ライアーを聴いてくださる方が主役で、私は単なる伴奏者です。こんな自分にしてくれたライアーに心から感謝しています。
Q 今日は、たいへん、いいお話を聞かせていただきありがとうございました。
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宇月 彩さんの略歴
・山口県防府市生まれ。
・幼少のときよりピアノを習う。
・国立音楽大学教育音楽科卒
・三田尻女子高校(現誠英高校)で、2年間教鞭をとる。
・結婚。その後も、ずっとピアノの指導を続ける。
・2000年 母死亡。
・2001年 ライアーに出合う。
・2003年 父死亡。
・2005年 対外的なライアーの演奏活動に入る。
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2008.2.18/戸村彰義 |
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