日本には諸外国にない日本固有の日本泳法があります。日本泳法は古式泳法とも呼ばれ、江戸時代初期より約400年の歴史をもつ日本古来の泳ぎです。
スピードを競うことを主な目的とした現代の競泳(クロール、平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎ)とは異なり、武士のたしなみ、実用的な武術として発達し、次第に芸術として発展していきました。
現在、日本水泳連盟により公認されている流派は下記の12流派です。各流派は、川の流れなど地域の特性を生かした個性豊かな泳法として発展し、明治時代に生まれた水府流太田派を除き、ほとんどが江戸時代に確立されました。 |
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日本泳法の流派の一つです。体系づけたのは伊予国大洲藩の家老 加藤主馬光尚で、寛永年間(1617〜1643)に神伝主馬流を案出しました。 寛政9年(1797年)には、7代目蓑島正利の高弟 伊藤祐根が伊予国松山藩に迎えられ、現在の愛媛県松山市にこの泳法を伝えました。
また嘉永元年(1848年)には、美作国津山藩士植原正方により現在の岡山県津山市にも伝えられ、広島には文政12年(1829年)、広島藩から松山に派遣された藩士らにより主馬流として伝えられました。
流派により足の用い方が異なりますが、神伝流では「あおり足」を用い、無駄な力を省くためできるかぎり身体を沈めて浮きを得る考え方が基本になっています。
現在は、岡山県津山市に19世宗師 今村龍三師を置き、愛媛県・岡山県・東京都・広島県・新潟県・兵庫県・千葉県・青森県などでも流派が継承されています。
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