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| 白鷺を30年間撮り続けてきた |
写真家 坪島 遊さん
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| 坪島遊さんは、広島市を中心に各地で、プロカメラマンとして演奏会、ファッションショウ等の各種イベントの撮影をしたり、結婚式・成人式等の撮影したりするなど、幅広く活動しているが、なんと言っても最大の仕事は30年間続けているという「白鷺の撮影」である。そのライフワークについて取材した。 |
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■最初の22年間は白黒写真で白鷺を撮影
坪島さんが白鷺の撮影を始めたのは、高校2年生のときだった。彼は、独特のナイーブな表情を浮かべながら、当時のことを回顧する。
「バスの中から、ふと二河川を見ると川原に佇む真っ白い1羽の鳥がいました。『なんと美しい鳥なんだろう。なんとかして写真に撮りたい』と思いました。そこで望遠レンズを持って二河川に通い始めましたが、結果は惨憺たるものでした。白鷺にちょっとでも近づくと、すぐに飛んで逃げてしまうんです。シャッターを切るひまは全くありませんでした」
彼はそれでもあきらめなかった。大学に入ると安物の超望遠レンズを購入し、木の陰や車の陰や土手などから撮影した。
「それではもの足りなくなったので、白色のテントを張り、その中から撮影しましたが、風が強い日にはテントが飛び、潮の高い日には水が入ってきました。そのため長続きせず、結局、黒づくめの服装をして、河原で白鷺がくるのをじっと待つようになりました。そんなことをしているうちに、10メートルくらいまでは近づけるようになり、写真も摂れるうになったんです」
「今では、馴れて来ましたが、いつでもいい写真が摂れるわけではありません。あたりはずれが、すごく大きいんです。ギャンブルみたいなもので、そこが楽しいんですね」と笑った。
白鷺には、小鷺、中鷺、大鷺がいるが、二河川にいるのは、全長60センチメートルくらいの小鷺で、通常、魚やゴカイ、川エビなどを食し、ときには蟹も捕食している。
「海から川に上がってくるイナ(ボラの子)を舞い上がるようにして捕まえる白鷺の姿は、とても美しく感動的です。その他に白鷺独特の変わった食べ方があります。くちばしの先を水面につけて微妙に開け閉めし、水を振動させます。すると、魚は虫がいると勘違いしてよってくるんです。白鷺は、これをすかさずパクっと捕まえるわけです」
彼は、白鷺の鳴き声をいくつかに聞き分けることができるというのだからすごい。
「白鷺は悪声ですが、6通りくらいの鳴き声があります。例えば、ものすごく怒っているときはウエッ。ちょっと怒っているときはガアガア。朝だよという合図はクワクワ。もう帰ろうよはクワックワッです」
「魚には通り道があります。白鷺はそれを知っていて、良い場所を取ろうと白鷺間に争いが起るんです。結局、強い鷺が良い場所を獲得するんですが、それはいつまでも続きません。やがて強い鷺も若い鷺に追われてしまいます。こうして追われた鷺が、ぼくの傍にやってくるんです。2メートルくらいまで、近づいてきますね。近過ぎて、シャッターが切りにくくなることもあります。こうして馴染んだ鷺には名前をつけています」
「白鷺の平均寿命は10数年ともいわれますが、ぼくも1羽の白鷺と16年間つき合いました。足の先が切断している鷺を見かけたこともあります。その鷺は1週間もすると見えなくなりました」
1991年、30歳になったとき、写真集「逆光の二羽」を出版した。
「白鷺をとり始めてから15年目に結婚しました。披露宴の引き出物にと思い、写真集「逆光の二羽」を自費出版したんです。評判がよく、いい記念になりました。
この15年間、ずっと白黒写真を逆光で撮り続けてきたので、それを写真集のタイトルにしたんです。二河川の周囲には建物が立ち並んでいます。そのためどうしてもバックに建物が入ってきます。それを避けるには、南側の海をバックにしてシャッターを切るしかありませんが、そうすると逆光になるんです。ピント合わせに苦労しましたね」
※「逆光の二羽」は、定価1500円。まだ手元に若干の在庫があるそうなので、ご希望の方はお申込みください。
Tel 090-9500-8065(坪島)
■現在はカラー写真に切り替え白鷺を撮影
写真集「逆光の二羽」を出版してから7年後、カラー写真に切り替えた。
「白黒写真には、素晴らしい持ち味がありますが、カラーにすると、白鷺の新しい表情が撮れますし、色の付いたバックを撮ることができるので、作品の幅が広がります。そのようなことから、カラーに切り替えましたが、年月のたつのは早いもので、カラーにしてからいつの間にか8年の歳月が流れました。将来は、再び白黒写真に戻るかも知れません」
後半に入ってから、二河川の他に大田川や瀬野川などにも行っているが、これからは、さらに県北の三次市や吉田町にも足を延ばしたいとのこと。
「いろいろな背景の中で白鷺をとると、作品の幅が広がるし、それに楽しいですからね」と笑った。
坪島さんならではの撮り方もある。不自然な撮影の仕方は、絶対にしないというのである。
「餌付けをして白鷺を引き寄せたり、テープレコーダーを持ち込んで鳴き声を取ったりすることは絶対にしません。巣も撮りません。白鷺が可哀想ですからね」
白鷺の他に、女性の写真やカンボジアの子どもたちの写真を好んで撮っているが、それらの作品にも白鷺の作品に似通った美しさがある。 ⇒坪島 遊さんの世界
「女性の美しさは、たしかに白鷺の美しさに相通ずるところがありますね。こうした美しさと対極するものに、原爆やポルポトの虐殺などがあります。こういったものにも惹かれるので、カメラを向けています」
彼の名刺を見ると、写真家ではなく写心家と書いてある。その意味を次のように語った。
「白鷺にも心があります。単に表面的にきれいな写真を撮るというのではなく、背後にある美しさを引き出したいと思っています。それには常に改革者でなければなりません。これはぼくにとって永遠の課題です」
長年務めた会社を辞め独立を果たしたのは、2年前。次のように、これからの抱負を語る。
「会社を辞めて、収入は半分になりました。周囲の人から、どうしてお金にならない白鷺を撮り続けるのかと言われますが、これはぼくの夢ですからね(笑)。白鷺の第2写真集の出版を目標に、これからも、いい作品を撮り続けていきたいと思っています」
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| 坪島遊さんの略歴 |
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1960年 広島県呉市に余れる。
1976年 高校写真部に入る。
1977年 呉市二河川にて、白鷺の撮影を始める。
1979年 岡山理科大学入学 写真部に入る。
1980年・1981年 ミノルタ学生フォトコンテスト入選
1982年 日本カメラ誌フォトコンテスト金賞・年度賞受賞
1984年 オリンパスフォントコンテスト審査員特別賞受賞
1991年 写真集「逆光の二羽」出版
1994年 日本野鳥の会60周年記念誌、イメージ写真に採用。
同研究会誌に白鷺の捕食に関する世界初の論文発表
2002年 「白鷺 川に遊ぶ」個展を広島市・呉市で開催。
2004年 日本フォトコンテスト誌巻頭に、ヒロシマの写真発表。
2005年 東京都と広島市にて、「ヒロシマの叫び、願い」写真展開催。
2006年 カンボジアの写真展開催。
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| 2007.8.10 |
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