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「やさしさ、あたたかさ、なつかしさ」が感じられる作品を創りたい
陶芸作家  高田桂子さん
山本恵由美の明窓園シリーズ第3回



高田桂子さん
高田桂子さん
陶芸作家
桂山窯
呉市焼山ひばりヶ丘町
Tel  0823-33-6793
<略歴>
呉市生まれ
9歳から油絵を始める。
女子美術大学短期大学部デザイン科卒業
呉市で広告デザインの仕事につく。
県美展洋画部門 入選2回
1990年頃から陶芸に心が傾き、法眼窯・黒田順良氏に師事。
1998年、自宅に窯を持つ。
2000年以後、毎年、「広島県のやきもの展」(福屋本店)に出品。
 

山本恵由美さん
郷土人形館
明窓園ギャラリー
プロジェクトマネージャー
明窓園ギャラリーとは→


高田桂子さんの作品⇒

呉市焼山ひばりヶ丘に桂山窯を持つ高田桂子さんの作品を見ていると、いつしか、やさしい気持ちに誘われる。それは、彼女の人となりから生まれるものかも知れない。これまでの彼女の足跡について伺った。

山本  高田先生には、私どもの明窓園ギャラリーでも、ここ数年、毎年出展いただいていますが、先生の作品は心温まるものがあり、いつもたいへんな人気を呼んでいます。今日は、陶芸の道に入られた経緯などについて、いろいろお伺いしたいと思います。
 

高田  私は呉市で生まれ呉市で育ちました。絵を描くのが好きで、9歳のときから油絵を習いました。大学ではデザインを学び、卒業後は銀行で広告デザインの仕事をしましたが、油絵はずっと続けてきました。専業主婦になってからも続けています。


山本  すごいパワーですね。個展なども開かれましたか。


高田  個展は銀行時代に3回開きました。県美展洋画部門で2回入選しています。


山本  それほどまで打ち込まれた油絵から、陶芸に転進されたのはいつ頃からですか。


高田  46歳になった頃から、水墨画を習い始めました。陶芸の道に入ったのは、それから4年後で、その魅力に完全にはまってしまいました。当時、主人が東京に単身赴任していましたので、自由にできる時間があったのが幸いしました(笑)。


山本  先生の創られたお雛さんは、可愛らしいうえに奥行きも深いので、いつも魅せられています。陶芸を始めてから、すぐに創られたのですか。


高田  最初は、花瓶ばかり創っていました。例えばアジサイに似合う花瓶など、いろいろな花に似合う花瓶づくりに夢中になったんです。作る前にはスケッチをしなければなりませんが、油絵の経験が役に立ちました。陶芸のテーマは、花瓶からお皿、陶板、人形へと変わっていきました。人形は、最初、猫・うさぎなど動物を創り、それからお雛さん・金太郎・おかめひょっとこ、最近は仏像に力を入れています。仏像は奥が深いので、やりがいを感じています。
高田桂子さんの作品⇒

■高田桂子さんの作品が下記展示会に出展されます。
「女のまつり〜大人が楽しむお雛様」
期日/2月16日〜22日
場所/明窓園ギャラリー
詳細→



山本  窯を持たれたのは、いつ頃ですか。


高田  黒田順良先生に師事してから8年後の1998年に、自宅の裏に窯を持ちました。主人の理解があったからこそできたことで、深く感謝しています。


山本  作品を創るのに一番たいへんなのは、どんなときですか。


高田  一番難しいのは最初のイメージづくりで、どんな図柄にするかノートにたくさんデッサンします。例えば、窯を持って独立した頃、箸置きの依頼を受けたことがありました。そのときには、どこにもない図柄を作り出そうと思い、広島市内のデパートや陶器店を回りました。なんとか、作品のイメージが浮かんだときは、すごく嬉しかったですね。


山本  やりがいのある仕事を持つということは、本当にいいことですね。


高田  家事をするとすぐに疲れるのに、陶芸は1日やっても疲れません(笑)。


山本  どんなコンセプトで創られていますか。


高田  「やさしさ、あたたかさ、なつかしさ」が感じられる作品を創りたいと思っています。皆さんが作品を見て喜んでくださったときは、しみじみ幸せを感じます。


山本  「作品を通じて他人も喜び自分も喜ぶ」、素晴らしい人生ですね。今日は、本当に心温まるお話を聞かせていただき、ありがとうございました。


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