良い作品を創ればわかってもらえる!
木彫作家 佐々木紀政さん
山本恵由美の明窓園シリーズ第2回



佐々木紀政さん

佐々木紀政(ささきのりまさ)さん

木彫作家


e-mail sasaki@mokutyou.net
URL http://mokutyou.net


1970年 広島市生まれ
1993年 大学を1年あまり休学し、海外へ。
1994年 名古屋芸術大学美術学部彫刻科卒業
1995年 兵庫県大屋町但馬木彫の一員として作家活動開始。
2000年 現住所に居を移し、作家活動中。

  

山本恵由美さん
郷土人形館
明窓園ギャラリー
プロジェクトマネージャー

明窓園ギャラリーとは→

佐々木紀政さんの作品⇒

佐々木紀政さん(36歳)は、広島を中心に関西・東京と幅広く活躍している木彫作家である。作品は、猫・うさぎ・河童・犬・大山椒魚などを中心に制作されており、動物たちのどことなくユーモラスでやさしい表情は、見る人たちにほっとしたやすらぎを与えている。このような作品の表情は、彼の人柄から出ているのだろう。


創作中の佐々木紀政さん

左 佐々木紀政さん
右 山本恵由美さん


和気藹々の木彫り教室
木彫りの魅力など


山本
   そごう広島店で個展開催中という超多忙な中、インタビューをお引き受けくださいましてありがとうございます。
 木彫りというと、仏像など、なにか重厚なイメージが浮かびますが、佐々木さんの作品はまったく趣が違いユーモラスな動物たちが中心で、動物たちのほのぼのとした表情を見ていると、いつも心が和みます。


佐々木   人間よりも動物を表現する方が好きなので、どうしても動物を彫ることが多くなっています。


山本  佐々木さんの作品は、とてもいい香りがしますが、何を材料にしていらっしゃるのでしょうか。


佐々木   小さいものをつくるときは桜を使ったり、大きなものをつくるときは廃材を使ったりしていますが、通常はクスの木を使っています。クスの木は匂いが良いし、彫りやすく割れにくいんです。木以外の材料も、いろいろ扱ってきましたが、木の手触りが自分に一番合っているように思っています。


山本  木彫作家として10年以上も活躍されていますが、特に印象に残ったことを一言・・・・。


佐々木   そういえばこんなことがありました。小学生の女の子が、山椒魚の作品を毎日のように触っているんです。よほど気に入ったんでしょうね。1年過ぎたころお母さんと一緒に来て、『お小遣いが貯まった』と言って嬉しそうに買っていきました。3500円の品物でしたが、値段の高いものが売れたときより嬉しかったです。木彫りの仕事をやってきて本当に良かったと思いました。良い作品を創れば、必ずわかってもらえるんだと思いましたね。


山本   とてもいいお話ですね。感動しました。佐々木さんは、小学生を対象に木彫り教室を開いていらっしゃると聞きましたが、・・・・。


佐々木   呉ポートピアパークで、これまで何回か教室を開きましたが、どうしたことか子どもさんよりお母さんの方が夢中になられるんです(笑)。いつも和気藹々の、とてもいい雰囲気でした。皆さん親子で、何かを持って帰られたように思っています。これから先、場所はどこになるかわかりませんが、また教室を開きたいと思っています。


■木彫りのプロへの道のりと、その後


山本   佐々木さんは、何歳ころから木彫りを始められたんですか。


佐々木   中学のころ、授業で作ったのが最初だと思います。絵画はさっぱりでしたが、なぜか工作がたいへん好きになり、先生にも認められたのでやる気になりました。当時、広島には美術課程を専攻できる高校がなかったので、サッカーの強い高校を選び、高校ではサッカーばかりしていました。大学では木彫りを専攻しようと思い、名古屋美術大学美術学部彫刻科に入りました。名古屋を選んだのは、土地柄が広島市と似ていると思ったからです。

河童に胡瓜

佐々木紀政さんの作品⇒

1990 PARCO「オブジェTOKYO]展
1992 第2回広島の美術展(広島現代美術館)
1995 第2回木彫フォークアートおおや展(以後第3回・第4回)
1996 25周年記念兵庫県展入賞(兵庫県立近代美術館)
個展 流川GALLERY(広島)
    西脇市展 特選(兵庫)
1997 姫路市美術展(姫路市立美術館)
兵庫県展
加西市美術館展入賞
1998 姫路市美術展入賞
兵庫県展など
◇グループ展には、毎年、各地で数多く参加。
◇明窓園ギャラリーには、2001年から毎年、出展しており、12月9日から15日にかけて開催される「全国福の神大集合展」では、干支作品を展示販売。



山本   大学3年生のとき、海外へ出られたとか・・・・・。


佐々木   1年1ヵ月、大学を休学し北半球を放浪しました。大学卒業後の見通しが不安になったので、木彫をする仕事を探しに海外に出かけたんですが、あまり自分の思うような仕事が見つかりませんでした。


山本   帰国後はどうされましたか。


佐々木   まず大学に復学し、今度は日本国内をまわって進むべき道を探しました。その中で偶然出会った兵庫県大屋町の『但馬木彫』に、自分がやっていきたいものがあったんです。嬉しかったですね。
『但馬木彫』では、松田一戯さんなど4人の方が創作活動をされていましたが、私もその一員に加えていただき、このころから本格的な作家活動を始めました。皆さんには色の塗り方など、随分、鍛えてもらいました。4人とも作風が違っているため、それぞれ異なった影響を受けましたが、これは、すごく良かったと思っています。
 大屋町は炭鉱の町で他国の人の出入りが激しく、アーティストもたくさん入っていました。土地に溶け込むことができたのは、そんな自由な土地柄もあったように思います。


山本   兵庫県には何年いらっしゃいましたか。


佐々木   5年間いました。本当に、価値ある5年間でした。それから広島に帰り、呉市天応大浜に居を構え、主に個人で作家活動をしております。早いもので、それから6年過ぎました。
 

山本   佐々木さんの精力的な作家活動には、いつもながら敬服しています。このようにたいへんお忙しい中を、私どもの明窓園ギャラリーには2001年から毎年出展してくださっており、さらに今年の12月9日から15日にかけて開催する「全国福の神大集合展」には、干支作品の展示販売をお願いしております。この場を借りてお礼申し上げます。


山本   最後に、今後の作家活動の抱負についてお聞かせ願えませんか。


佐々木   大きな作品、つまり、ひと目で佐々木紀政の作品とわかるようなものを創りたいですね。これは作家共通の目標だと思います。大きいものを創るには、技術・精神・経済といった面で余裕が必要です。そのためには、まず着実に技術を身につけていかねばと思っています。


山本   自分が生きている存在証明みたいなものですね。すごく共感を感じます。今日は本当に勉強になりました。お身体には十分に気をつけられて、ご精進ください。
  


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