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チェルノブイリの子どもたちに
夢と希望と元気を!
チエルノブイリ原発事故から20年

国際文化交流劇団「曼珠沙華」
広島チャリティ公演


日    時 2007年3月20日(火)18:30〜20:00
場    所 広島県民文化センター多目的ホール
入 場 料 2500円
主    催 NPO法人 かけ橋愛染乃会
実行委員会 エキスパートアライアンス(株)広島AG会


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夜風に吹かれて月夜に輝く男たち

国際文化交流劇団「曼珠沙華」とは⇒

「チェルノブイリの子どもたちに夢と希望と元気を」という目的で、国際文化交流劇団『曼珠沙華』の広島チャリティ公演が、来年の3月20日に広島県民文化センターで開催される予定になっている。その推進母体は、NPO法人かけ橋愛染乃会とエキスパートアライアンス(株)広島AG会である。
今回の公演
の経緯や『曼珠沙華』の舞台などについて、広島AG会の丸山健二さんにお話してもらった。


チエルノブイリ原発事故とは
避難のあと
1993年7月 
 住民が避難した後に残る家

この事故は、1986年4月26日、ウクライナ共和国 のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きました。

この炉は、旧ソ連に特有のRBMKと呼ばれる原子炉です。定期点検で出力を停止する途中に実験が行われ、その最中に爆発事故が起きました。わずか数秒の間に2度以上の大爆発が起き、原子炉は壊れ、核燃料はこなごなになってふき上げられました。千メートルから2千メートルもの上空に吹き上げられた放射能は、遠くの国々にまで運ばれ、地球全体に放射能が降りました。

チェルノブイリ原発周辺は、30キロメートルにわたって人の住めないところとなり、14万人が避難しました。事故を起こした4号炉はコンクリートで固められ、「石棺(せきかん)」と名づけられました。

チェルノブイリ原発事故は、それで終わったわけではありません。今も汚染された土地に住む人、汚染された食べ物を食べている人がいます。風化によって「石棺」が崩壊する危険性も指摘されています。

事故による初期の死者(1986年)は、原発の運転員と消防隊の隊員たち31人だったのですが、その後、ガンなどさまざまな病気にかかる人が増えてきます。それが、放射能災害の恐ろしさです。放射線被曝は、ガンを発生させ、さまざまな病気に対する抵抗力を弱め、老化を早めます。とくに深刻なのが子どもの被害です。

もっともたくさんの放射能をふくんだ雲は、すぐとなりのベラルーシの方に流れ、放射能に汚染された地域は、ベラルーシでは国土の30パーセントに達しました。

国際文化交流劇団「曼珠沙華」とは
別紙⇒
NPO法人かけ橋愛染乃会とは
福祉劇団「曼珠沙華」と行動をともにし、チェルノブイリで傷ついた子どもたちを励まし生きる希望と元気を届ける活動を展開している。1998年10月発足。
いわき市盤湯本町吹谷80−11
理事長 加藤ふみ子
Tel&Fax  0246-42-3423 
エキスパートアライアンス(株)広島AG会とは
AG会はエキスパートアライアンス(株)の代理店組織。「世のため、人のため、ちょっとだけ自分のため」という会社の合言葉のもとに、全員参加型の社会貢献活動を進めており、広島AG会はその一環として活動している。
広島市中区袋町3−17
シシンヨービル9F
エキスパートアライアンス(株)広島研修センター内

実行委員会委員長 川地 学
Tel 082-545-3133 
Fax 082-545-4533

■(有)つるみタクシー営業本部長、広島市牛田商店街振興組合専務理事、エキスパートアライアンス(株)広島AG会会員と、多方面で活躍されている丸山健二さん(61歳)は、どちらかといえば温厚で地味なタイプの人だった。


 丸山さんは、チャリティ公演の経緯について、とつとつと語る。
「今年の春、中国新聞でチェルノブイリの記事を見ました。ベラルーシ共和国には、20年前に起きた原発事故による放射能汚染で苦しんでいる人たちが200万人もおり、しかも、50万人にも及ぶ子どもたちに免疫障害など原因不明の病が広がっているというのです。
 エキスパートアライアンス(株)広島AG会のなかで、これが話題になり、なんとかお役にたつことをしようではないかということになりました。それから川地学さんを中心とした活動グループができ、やがて国際文化交流劇団『曼珠沙華』とNPO法人かけ橋愛染乃会の存在を知ったんです」


 エキスパートアライアンス(株)は『保障を家計に無理のない価格で提供し、家計費の節約に貢献していくこと』を企業目的にしている会社で、AG会はその代理店組織である。
 当社では、『世のため、人のため、ちょっとだけ自分のため』という合言葉のもとに、全員参加型の社会貢献活動を全社的に進めるほか、2006年度は児童福祉・環境保護・人道支援に4億円もの資金援助をしているいる。このような社風もあって、川地さんたちの活動は、早々に社内の共感を得て次第に活動の輪が広がっていった。


■広島AG会の有志がまず考えたことは、国際文化交流劇団『曼珠沙華』の舞台を実際に見ないことには先に進まないということだった。このため、希望者を募り十数名で茨城県常総市へ行き舞台を鑑賞した。もちろん自費である。


 そのときの様子を彼は語る。
「参加したメンバーは、みんな口々に感動した、行ってよかったと言いました。華麗な舞台装置、ダイナミックな舞踊、わかりやすいストーリー・・・・。さすがに海外に知られた劇団だと思いました。
一番衝撃的だったのは、「チェルノブイリの子どもたちや厳しい境遇のため生きる力をなくしている人々のために、劇団の皆さんも裏方をやっているNPO法人かけ橋愛染乃会の皆さんも、みんなボランティアで参加しているということでした。公演の衣装、舞台装置はすべて劇団員の手作りと聞いたときには、本当にビックリしました」


『曼珠沙華』の海外公演は過去7年間で14回に達しているが、中でも原発事故で被災したベラルーシ共和国は縁が深く、公演回数は3回に及んでいる。
 彼が曼珠沙華とベラルーシの子どもたちのかかわりについて説明した。


「曼珠沙華とベラルーシの子どもたちの最初のかかわりは、1998年の北海道での公演でした。
 北海道に里子として療養にきていたベラルーシの子供たちのために、曼珠沙華の人たちがボランテイアで北海道へかけつけ公演したんです。子どもたちはすごく感動して、ベラルーシのおじいちゃんおばあちゃんにも見せたいと言いました。
 これがきっかけになって、ベラルーシ共和国での公演が実現したんです。ベラルーシでは、ものすごい人気で、ありがとうコールが連続、涙を流す人もいたそうです。地元紙には、優しさを配る劇団と紹介されたということですから、素晴らしいと思います」


■丸山さんは、昭和20年、鹿児島県生まれ。
 大協グループに在職してから27年目にさしかかったとき、次男が強度のうつ病にかかった。医師から付き添って看護する必要があるといわれ、彼は大協の取締役を退任した。
 当時を振り返りながら語る。
「4年間、傍に付き添いましたが、大分よくなってきたのと、無職のため経済的に苦しくなったのとで仕事を始めました。大協グループで学んだことを活かし、中小企業の経営コンサルタントを始めたんです。
 それから1年過ぎたとき、次男は突然死亡しました。このときのショックはあまりに強烈で、その苦しみを逃れるためボランティアに傾斜するようになりました」


 こんな彼だけに、『チェルノブイリの子どもたちと曼珠沙華』との出合いは大きかったようだ。
「当面は、来年の公演は成功させたい。500人の座席は満員にしたいですね。それから、他の都市、例えば長崎、静岡などでの公演へと輪を広げたいと思っています」と目を輝かせながら語った。

丸山健二さん 61歳
(有)つるみタクシー営業本部長
広島市牛田商店街振興組合
専務理事
エキスパートアライアンス(株)
広島AG会会員

エキスパートアライアンス(株)
広島AG会の皆さん

国際文化交流劇団「曼珠沙華」観劇のため
茨城県常総市へ

戸村彰義


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