| 朝日新聞・天声人語(2000.6.11)から |
◆むちゃな女性がいたものだ。
ブラジルの先住民保護区への支援活動にのめりこむこと10年。アマゾンを取るか家庭を選ぶかと夫に問われ、妻や母としての役割放棄を宣言。それでも彼に支えられ今日に至る。
◆「熱帯森林保護団体」代表の南研子さんは、毎年必ず数ヶ月ずつ現地に入る。会費や寄付をもとに医療や教育、自然保護のプロジェクトを進める。川で遭難しかけたことがある。死の危険が常に身近に迫る。
毎回、「香典」と称して友人らからお金を集め、資金の足しにする。去年帰国したとき、銀行の預金口座は291円だった。
◆南さんが魅せられた先住民の暮らしは、日本人の想像を絶する。文字もなければ貨幣もない。年齢を数えないから、いつまでも若々しい。泣く、笑う、怒るといった感情表現は豊かだが、幸せとか不幸とか寂しいといった、ややこしい概念は存在しない。だからだろうか、いじめも犯罪も自殺もない。
◆ある部族の言葉には過去形も未来形もなく、現在形しかない。昨日を悔い、明日を憂うということがない。すべてが「いま」に集約され、密度の濃い時間が流れる。
ストレスをかかえ、空っぽの「いま」をやりすごすだけの日本人の日々と、どちらがよき人生なのか、と南さんは思う。
◆大人になるための通過儀礼は厳しい。少女は隔離された暗い部屋に約1年間こもる。だれとも口をきかず、自分と向き合う。少年は呪術師の調合した毒を飲む。肉体の限界を試し、死と向き合う。
カネと時間に振り回され、自分とも死とも対話をしない日本人と比べ、遅れているのはどちらか。
◆このほど出した著書「アマゾン、インディオからの伝言」(ほんの木)に、体験と思索を詰め込んだ。
先住民のまねができるわけもなく、文明の病は手遅れかも知れない。それでも、若い世代に1つの道しるべを示したかった。
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| 中国新聞 緑地帯 南 研子 |
■アマゾン奮闘記(6) 共生は大変
「3度に1度は落ちる」と聞かされた、おんぼろ軽飛行機で、上空からジャングルを見ると、まるで緑のじゅうたんを敷き詰めたようだ。そこを、大蛇がゆっくり移動するかのようにジングー川が流れる。
人間の小智才覚など吹っ飛んでしまいそうな、神の領域。私は、この地に入る時と出る時は、必ず合掌し旅の無事を天に祈る。おかげで18回にも及ぶジャングル暮らしの中で、病気をしたことがない。快食、快便、快眠である。
しかし、現実の環境は苛酷で、昼と夜の温度が夏と冬ほど違う。蚊取り線香などものともしないブヨの襲来で、毎回、体中200ヵ所くらいは刺される。つめの先のすき間などから入り、皮膚の中で成長して、卵を産みつける失敬な虫もいる。
トイレはジャングルで、風呂は川で。本来なら一番リラックスできる場所だが、ここでは極度の緊張を要する。
ある時、森で用足しをしていると、1mくらい先に、鮮やかな色をした蛇がじっとこちらをうかがっている。思わず「怪しいものではありません。ジャングルを守るために遠い日本からきました・・・・」と真剣に訴えた。
蛇は黙って通り過ぎて行ったが、後でインディオにこのことを話すと、「それはジャララカという猛毒蛇で、かまれたらこの世のありとあらゆる地獄を味わって、数分で死ぬよ」と言われた。
私は今でも、この蛇は私の言ったことを理解してくれたと信じている。
夕暮れ時、インディオ集落で枯れ葉が舞った。コツンと何かが頭に当たり、地面を見ると、なんとそれはコロッケほどもあるゴキブリだった。アマゾンの生き物は何でも大きい。
■アマゾン奮闘記(8) 木を植える
1997年から植林事業を開始した。「えっ!なぜジャングルで」と思う方もいらっしゃるだろう。実は、高級家具材になるマホガニーの林が、不法侵入者によって乱伐されているのだ。
熱帯林は一種でも絶滅すると、全体の生態系が狂い始めるというのに、支援対象地域でも数十ヵ所が伐採され、上空から見ると十円はげのように赤茶けた大地が日にさらされている。
2002年までは日本の環境省の外郭団体からの助成金や、心ある方からの多額の寄付もあって続けられたが、03年は当てにしていた助成金が下りなかった。
何としても森を守らねば!身銭を切りたいが、私はもう既に数千万円をアマゾン支援に使い果たし、お金はない。自らの団体の会員さんや協力者の方々に急きょ、お願いすることになった。
「経費を入れて1本600円で、マホガニーの苗木を植えることができます。どうぞアマゾンの森を助けてください」
目標額の600万円が集まった。不景気なこのご時勢に、本当にありがたかった。アマゾンの神々や精霊たちも応援してくれたのだろう。しかし、今年も植林は緊急支援として続く。
マホガニーは、先進国に暮らす裕福な人たちの欲を満たす犠牲になる。インディオは7代先のことまで考慮し、物事を決断する。私は次世代に恥ずかしくないような生き方をしたい。目先の便利さと物質的な豊かさを得るために、たくさんのリスクを次世代に残したくない。
エンドレスな支援かもしれないが、できることを無理をせず地道に、感謝の気持ちを持って、死ぬまで続けていこうと思っている。
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| 南 研子さん |
◆女子美術大学油絵科卒業
大学卒業後、NHK「ひょっこりひょうたん島」「お母さんと一緒」などの番組で美術制作を担当。コンサートプロデューサー、舞台美術も経験。
◆1989年、イギリスの歌手スティングが「アマゾンを守ろう」というワールドツアーを実施し、来日した際、同行していたアマゾンの先住民のリーダー、ラオーニと出会い、それを機に同年5月に「熱帯森林保護団体」を設立。その後16年間、2006年までに21回現地を訪れ、年数ヶ月アマゾンのジャングルで先住民とともに暮らし、支援活動を続けている。
◆2000年4月、著書「アマゾン、インディオからの伝言」をほんの木より出版。
◆2005年6月、長岡市米百俵財団主宰の米百俵賞を受賞。
◆2006年3月、大山健康財団主宰の激励賞を受賞。
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熱帯森林保護団体
Rainforest Foundation Japan(RFJ) |
| 代表者 |
南 研子 |
| スタッフ |
事務局長 船原聖子 ボランティアスタッフ3名 理事6名 |
| 設立年月 |
1989年5月 |
| 住所 |
〒154-0012 東京都世田谷区駒沢1-8-20 |
| 電話等 |
Tel 03-5481-1912 Fax 03-5481-1913 |
| e-mail |
xingu@rainforest.ip.com |
| URL |
http://www.rainforestjp.com/index.htm#2000 |
| 支部 |
| 国内 |
広島支部・・・RFJひろしま |
| 国外 |
ブラジリア支部・・・レインフォレスト・ブラジル |
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| 団体趣旨 |
アマゾン熱帯林とそこに暮す先住民の保護を目的としたNGO(国際協力市民組織) |
| 活動内容 |
・熱帯森林保護活動・先住民の教育事業・医療支援事業・経済自立支援事業・先住民文化保存事業 |
| 会員数 |
2005年4月現在 1300人 |
| 会費 |
年会費5000円、寄付などにより運営 |
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