|
|||||||
|
|||||||
■先日、堀江龍太郎さんと河西千佳さんが訪ねてきた。 堀江さんは、長身でトロンボーンがよく似合う感じの青年。なにごとも、てきぱきと処理していく行動的なタイプのようだ。一方河西さんは、堀江さんとは反対におっとりした性格で、いかにも清潔でやさしそうな感じの人だった。 堀江さんが口火を切った。 「ゾリステン・ドライエックはドイツ語で、ゾリステンは独奏者、ドライエックは三角形という意味です。立ち上げたのはドイツで、100回以上、ドイツ各地で演奏しました。 トロンボーン、フルート、ビアノという組み合わせは、非常に珍しくしかも調和しているため、たいへん好評でした。 帰国後、広島を中心に演奏していますが、確かな手ごたえを感じています。演奏回数も、まだ1年にならないのに80回を超え、この様子では、じきにドイツの公演数を上回りそうです」 ゾリステン・ドライエックは、レベルの高さもさることながらレパトリーが驚くほど広い。クラシック名曲から、映画音楽、ポップス、ボサノヴァ、音楽劇、愉快な動物たちをテーマにしたプログラム等、そのレパトリーは200曲にも及んでいる。 「数多いレパトリー中でも、広島市立大学大学院美術科の学生・片山海里(みのり)さんが描いたイラスト(1平方メートルに拡大)を素材にした音楽劇は、子どもたちに大受けに受けています」と、堀江さんが補足した。 ■堀江さんは、1979年、東京で生まれた。 幼いときから家にピアノがあり、母親も楽譜を読めるという環境から、5才頃からピアノを習い始めた。 「まじめにやっていたんですが、壁にぶち当たりました。ピアノの先生に、専門家にはなれないといわれたんです」 ところが中学2年生のときトロンボーンに出合い、彼の音楽環境が一変する。専門の先生から、今度は才能を認められたのである。 「中学2年生のとき、ブラスバンド部に入ったらトロンボーンがありました。しばらくいじっているうちに、これはやれそうだとひらめきました。さっそく専門の先生について一生懸命練習していると、その先生から、才能があるといわれたんです。嬉しかったですね」 それから2年後、最難関と言われる東京藝術大学付属高校へ合格する。 「まさかと、びっくりしましたね。トロンボーンを始めてからまだ2年ですから・・・。両親は国立高校に入れたので、授業料が安くなると大喜びでした(笑)」 高校を卒業すると、躊躇することなくドイツへの留学を決意した。 「日本に残ると、高校も大学もトロンボーンの先生が同じなんです。中学から個人指導していただいている先生からも、留学を強く勧められました」 ドイツでは、ライプツィヒ音楽大学に入る。 「まず、カルチャーショックを受けました。日本では技術面を重視した音楽教育を受けましたが、ドイツでは、内面的なものを重視するんです。まだ若かったせいか、ドイツで生活しているうちに、自然に内面を重視するようになりました」 ライプツィヒ音楽大学(6年間)を卒業すると、ベルリン芸術大学大学院ソリスト科へ入学した。 「ベルリン大学には、ライプツィヒ大学とはまったく違った文化がありました。 直接指導を受けたのは、アンドレアス・クラインとシュテフアン・シュルツという2人の若い先生で、ものすごい刺激を受けました。本当に鍛えられましたね。初めから、ここの大学に入った方がよかったと、知人に言われたこともあります。しかし、ライプツィヒには、ベルリンにない良い点もあり、いちがいに言えないような気がします」 ■ゾリステン・ドライエックを結成したのは、ライプツィヒ音楽大学4年生のときで、当初はトロンボーン、ヴァイオリン、オルガンでアンサンブルを組んだ。 その後、メンバーがつぎつきと変わっていったが、ヴァイオリンがフルートに替わったのは、彼が大学院2年生のときのことだった。 「バイオリンが急にいなくなり補充がきかないので、やむを得ずフルートの河西千佳さんに来てもらったんです。それまで、フルートに偏見を持っており嫌っていましたが、彼女のフルートを聞いて、偏見が吹っ飛びました。トロンボーンに実によく合うんですね」 直ちにトロンボーン、フルート、ピアノで新しいアンサンブルを編成し、ドイツ各地で精力的にコンサートを開いたが、珍しい組み合わせということもあってたいへんな評判を呼んだ。 「なんといってもハイライトは、ベルリン芸術大学大学院(2年間)の卒業試験のときのことでした。先生方の前でゾリステン・ドライエックが演奏したところ、こんな組み合わせもあるのかと皆さん驚いていました。ベルリンハーモニーにいたヨハン・ドリス教授は『完璧なアンサンブルだ。トロンボーンのピアニッシモも絶妙!』と絶賛してくれたんです。おかげで大学院を最高点で卒業できました] それからしばらくして、河西千佳さんのブレーメン芸術大学大学院の卒業試験のときにも、ゾリステン・ドライエックは演奏した。 「ここでも、ぼくのときと同じで、教授連、みんな一様に驚愕していました。それで河西さんも大学院を最高点で卒業したんです」
■昨年9月、広島へ河西千佳さんと2人で帰ると、ピアノ奏者として矢嶋由紀子さんが加わった。彼女のレベルも非常に高く、新生ゾリステン・ドライエックは順調に走り出した。 演奏家兼プロモーターとして大車輪の活躍をする堀江さんに、今後の抱負を聞いたところ、 「病院や老人ホーム、小中学校、幼稚園などでの演奏についても、一層力を入れていきたいですね。これはもう1つの使命と思っています。 抱負という大げさなものはありません。公演数を増やしてより多くの人に聞いていただき、さらなる向上を目指していきたい。これで十分です」と、なんとも素直で素朴な返事が返ってきた。 しかし、彼の姿を見ているとホンネなのだろうと思った。この様子ならゾリステン・ドライエックは、きっと堅実に成長していくことだろう。好青年たちの発展と活躍を心から祈りたい。 |
|||||||
| ゾリステン・ドライエック奏者のプロフィール | |||||||
|
|||||||
|
戸村彰義 |
|||||||
バックナンバー TOP |