| ドラマティックに、ダイナミックに生きたい! |
| アロマセラピー&パワーストーンジュエリー |
| 癒しのフィニッシングスクール 森の香人(もりのこびと) |
| 高月 聖果鈴さん |
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高月 聖果鈴(たかつき ひかり)さん
癒しのフィニッシングスクール
森の香人 mori no kobito 主宰
JAA認定 アロマコーディネーター (国内) AIAHS認定 アロマセラピスト (米国) パワーストーンセラピスト
「森の香人」の仕事内容
●香り部門
・アロマセラピー教室(出張含む)の定期的な開講 ・介護・福祉現場へのアロマセラピーケアのご提案 ・企業内福利厚生としてのアロマセラピーケアご提案 ・各種学校へのアロマセラピーケアのご提案
●ストーンジュエリー部門
・パワーストーンジュエリー作製教室(出張含む)の定期的な開講 ・某大手通信講座内「パワーストーンセラピスト養成講座」監修・専任講師
・ラリマー&ブルーアンバー専門店「Fleur*Bleue(フルーブルー)」運営 |
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高月聖果鈴さんは広島在住の女性。森の香人を主宰し、アロマセラピー、パワーストーンジュエリーの講座を開催している。このほか、アロマセラピーについては、介護女性、企業従業員、事業所を対象にしたアロマセラピーケアや提案活動を行っており、またパワーストーンジュエリーについては、某大手通信講座のパワーストーンセラピスト養成講座の専任講師を担当、スピリチュアルに傾かない人間力を伴ったパワーストーンの理念を全国に広めている。
彼女のアロマセラピーとパワーストーンジュエリーに対する想いは、非常に深い。これまでの足あとや今後の抱負などについて伺った。
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パワーストーンジュエリー作製講座
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アロマセラピー教室
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■去る12月22日、広島市内中心部にある「森の香人」主宰のパワーストーンジュエリー作製講座に出かけた。教室には、高月聖果鈴さんたち6人の女性がにぎやかに談笑しながら、ジュエリー作りに興じていた。
高月さんが説明する。
「このパワーストーン講座は、10年前から続けています。開催回数は基本的に1月に1回です。参加者の年齢層は幅広く20代から70代にわたっています」
参加者に講座の感想を聞いてみた。
「私は10年近く通っていますので、ジュエリーボックスが何箱にもなりました。すべて天然石でできているので、手作りでも見劣りしません。高級デパートで販売しているジュエリー以上に素敵なものができます」
「私は手元を見るのが苦手なんです。ですから、細かな作業が必要な回は遠慮しています。先生や参加者の方々との会話が本当に楽しいですね。人生勉強の寺子屋みたいな感じです」
■その翌日は、広島駅新幹線口から歩いて3分くらいのところにある、カルチャールーム「アートソンセ」へ行った。今度はアロマセラピー教室である。
午前10時、7人の女性が集まってきた。前日のジュエリー講座の生徒とはがらりと変わった顔ぶれである。生徒の層の厚さに感心した。 まず座学をした後、香料を用いた実習に入る。大いに盛り上がっていた。
高月さんが森の香人の講座内容全般について説明する。
「森の香人は、香りと天然石の2本柱で講座を開いています。アロマセラピーの講座は10年以上続けているので、さまざまな分野の素敵な方々と知り合いました。広島の人間ではない私を暖かく受け入れて下さった皆さんに、深く感謝しています」
■高月さんは岡山生まれ。広島市の大学を卒業すると、情報誌出版会社の大手A社(岡山)に入社し法人営業を担当したが、しばらくして退職。今度は海外に学校を多く持つ語学スクールB社(福岡)に転職した。
Q 転職の経緯は?
高月 A社岡山支社は、仕事が面白く不満はありませんでした。多くの経営者の方々から、毎日のように社会の厳しさや仕組み、生き方を教えていただいていたんです。
そんなある日、広島に転勤になりました。どうしたことか営業成績が飛躍的に上がり、全国4千人の営業マンの中で日本一の成績を達成したんです。それを機に円満退職しました。営業としては、もう遣り残していることがないと思ったんです。
次に入社したのは、1つの支店の営業・売り上げ・コスト・従業員の採用等、経営全般を任せてくれるB社でした。将来は自分の好きな事で生計を立て、やりがいのある毎日を生きたい。そのためには、将来の仕事を支える社会の知恵や技術などを経験しておく必要があると考えたんです。
Q B社の仕事は順調でしたか。
高月 張り切って仕事をしていましたが、半年ばかりたったとき、思いもしないアクシデントが起きました。福岡から鹿児島へ左遷させられたんです。いずれトップの営業成績を残せると思っていたので、まさに青天霹靂。前職で日本一になったプライドもへし折られました。
Q それはショックでしたね。
高月 鹿児島に着任したとき、とある喫茶店のオーナーに、「自分がこんな地の果てにくるなんて・・・」と、左遷に対するうらみつらみをまくし立てました。そして1日も早く福岡に帰るつもりだというと、彼は「そのときには、きっと鹿児島を離れるのが名残惜しくなっているよ」といいました。それを聞いて、私は、「そんなことは絶対にありません」と、腹立たしげに席を立ったんです。今から思うと、とんでもない人間だったんですね。
Q 鹿児島での仕事は?
高月 アルバイトさながらの雑務ばかりでした。左遷ですから、私の上司は前日までは同じ職格だった人でした。福岡では、雑務のような仕事はしないとふんぞり返っていましたが、ここでは待合室で1日中、生徒とコミュニケーションづくりをするなど、雑多な仕事に明け暮れました。
Q 鹿児島の風土には馴染めましたか。
高月 鹿児島の人たちは、公私に区別をつけずふところ深くつきあってくださいました。そのためか、成績が急激に上がり、着任後わずか3ヶ月で福岡へ帰れという異例の栄転辞令が出ました。そのときは驚きましたね。鹿児島を離れるのがつらくて、涙がこみ上げてきました。あの喫茶店のオーナーの一言が現実になったんです。飛行機から見下ろす鹿児島の街は、涙でかすんでいました。何が一番大切かを教えてくれた鹿児島、私の生き方を変えてくれた鹿児島に、今でも深く感謝しています。
Q その後は順調でしたか。
高月 その後は、福岡・京都・広島と数年間に6回も転勤しました。それに、年に何度も海外渡航。慌ただしかったけどドラマティックな毎日でした。
Q それはステキな人生でしたね。
高月 こんな私に心の変化が生じてきたのは、拠点建て直しのため京都へ転勤したときのことでした。宿舎には布団もテレビもラジオもありません。そんなところに早く帰っても仕方がないので、毎日遅くまで仕事をして深夜に帰宅していました。
そんなある日、京都市内のお香屋さんで、初めてアロマセラピーに触れたんです。ものすごく感激して、『香りのオイル』を購入しました。これまで裸電球1つで視覚や聴覚の楽しみが一切なかった部屋が「嗅覚」をくすぐられ、素晴らしい天国になりました。それからは部屋に帰るのが待ち遠しくなってきたんです。
Q アロマセラピーとの出会いは劇的でしたね。
高月 その頃、ある友人が「半年前から不正出血が止まらない」と洩らしました。上司に話すようにいったんですが、いえないというので私が代わって話したところ、女性の上司は「不正出血なんてたいしたことはない。私には子宮がない」といいました。それを聞いて、男性以上の仕事をこなしていると、女性の機能がこわれていくのだと思いました。今まできらきら輝いていた世界に疑問を感じるようになり、これからは女性に役立つ仕事をしようと退職を決意しました。
Q たいへんな転機でしたね。独立してからの人生は?
高月 人生3度目の広島への移動を機に会社を辞めました。広島では、アロマセラピー講座(1期生)を受講、資格を取得しました。心と体をとてもやさしくケアしてくれるアロマセラピーを伝え続けて、10年になります。当初は、昼間、生活のための仕事をし、夜、アロマセラピー講師をするという生活でしたが、今では完全なフリーになりました。
Q 独立してから、いろいろな苦労があったことでしょう。
高月 経済的にも精神的にも苦労しましたが、周囲の方々に助けていただきました。とりわけ精神的に大きな力になってくださったのは、昼間の仕事を通じて知り合った女性Aさんです。Aさんは母と同年齢で、陰になり日向になり、いつも励まし勇気付けてくださいました。
あるとき、彼女が要介護者の女性Bさんを紹介してくださいました。Bさんはアロマセラピーケアを申し込んでくださったので、喜んでやっていたのですが、なんと私がダウンしてしまったんです。これはいけないと思い、気功を習いました。これは効きましたね。Bさんからいただいたケア代と、気功習得に要した費用がまったくイコール。不思議なことがあるものだと思いました。 高齢の女性を対象にしたアロマセラピー訪問ケアは、今も続けています。
Q パワーストーンジュエリーとの出会いは?
高月 アロマセラピーを伝え始めた頃に出会いました。天然石は何百種類もあり、それらが工業的にも医療的にもさまざまな形で人間の役にたっています。一方アロマセラピーも何百種類もの精油があり、さまざまな用途に使われています。この2つはよく似ているんですね。これは面白いと思い、自分の身に着けたい石を探しました。ところがどんなに探しても、思うような石を使ったジュエリーが見つかりません。 そこで、どんなドレスにも似合うおしゃれな天然石ジュエリーを自分で作りたいと思うようになりました。これが今のパワーストーンジュエリー講座につながっています。
Q パワーストーンジュエリーとは?
高月 パワーストーンジュエリーというと、おそらくほとんどの方が石のパワーを期待されていると思いますが、私の想いは講座当初から全く異っています。確かに石には力がありますが、人間の力のほうが圧倒的に強いんです。石の力に依存して生きるのではなく、「この石は可愛いね。なんて素敵なんだろう」という気持ちで身につけて欲しいのです。
ですから私の追及するパワーストーンジュエリーは、数珠球の形はあえてとりません。『石でできているとは思えないコスチュームジュエリーの形を作りたい。身につけると、きらきらとした気持ちになれるストーンジュエリーを作りたい』と思っています。
Q 全国的な講座を開かれているとか?
高月 通いの講座は広島と西宮市の2箇所で、不定期に東京にも出張していましたが、昨年、某大手通信講座会社(全国展開)から、私の講座をラインナップの1つに加えたいという申し入れがありました。「パワーストーンの知識がある。フォーマルドレスにもカジュアルな装いにも似合う、コスチュームジュエリー作りができる。初心者に丁寧に教えることができる」という人を全国的に捜し求めているとのこと。さっそく、数冊のテキストとDVDを執筆。今では北海道から沖縄まで、受講者が千人を超える大人気講座になりました。 この通信講座の中で私が伝えたいことは一貫しています。『パワーストーンをパワーストーンとして扱える、人間力を身につける』ということです。
Q 要は石に依存しない人間力が大切ということですね。
高月 石に依存心が強く自ら努力しない人には、全く力を発揮しないといわれるタイガーズアイという石があります。石と人間とのかかわり方は、そんなものだと思っています。開運の秘訣の99%は人間の努力です。必死で人間力を磨く。苦労にも試練にも逃げずにぶっつかっていく。それを楽しむ。そんな人って魅力的ですね。そんな人には、どんどん人が近寄ってきます。素敵な石たちも近寄ってきますよ(笑)。
石が力を発揮するのは、できる限りの努力をした後の1%です。この1%は、血のにじむような努力をした人に運命を左右するよな力を与えてくれると思っています。
Q 今後の目標は?
高月 世界3大ヒーリングストーンのひとつに、ドミニカだけで産出するラリマーがあります。世界中のヒーラーの垂涎の的です。それだけに市場では、偽モノがかなり多いといわれています。
その石が、ひょんなきっかけでドミニカから私の元にやってきました。その石が意味するものは「愛と世界平和」。この言葉に惹かれて、この石にアプローチしたいと思うようになり、ブランド名をFleur*Bleue(フルーブルー)と名づけ専門店を設立しました。これからは香りと石の活動を通じて、愛と世界平和の心を広島から発信したいと考えています。
これまでお世話になった多くの人たちのおかげさまで、「ドラマティック」な人生を送ることができました。これに「ダイナミック」さを加えながら、自分らしく歩いていきたいと思っています。
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| 2010年1月9日 (戸村彰義) |
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