広島市を中心に活躍するシンガーソングライター
音楽一筋に生きる!
風呂哲州(ふろてっしゅう)さん
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風呂哲州さんは、広島市を中心に活躍している自称「作詞作曲実演職人」。彼の音楽への思いは、まさに求道者的。そのありったけを語ってもらった。
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| <登場した主なメディア> |
| ・RCCテレビ「モテモテロックnight」/2001年10月〜2004年3月 |
| ・テレビ朝日「銭形金太郎」/2004年6月 |
| ・RCCテレビ「コンプレX」/2005年8月 |
・FMななみ「RDRプレゼンツ夢は必ず叶う」/2005年7月〜2006年3月
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◆風呂さんは現在38歳。昨年、結婚したばかりということもあって、仕事に油が乗りに乗っている。最近の仕事の状況を尋ねると、この1年間の実績がぎっしり詰まっているA4版の紙を差し出し、つぎのように語った。
「生で歌うのは、イベント出演や自分で企画したライブのときで、ステージには平均して月5〜10回出ています。そのほかに、放送局のジングルをつくったり、CDなどを制作したり、会社や施設・サークル・イベントなどに、イメージソングを提供したりしています」
作詞作曲を始めてからはや20年、この間に作詞作曲した数はなんと500曲に及ぶ。
「そのうち、CDに収録したのは、一番風呂が6曲、二番風呂が7曲、三番風呂が10曲、計23曲です」
彼の本名は風呂哲(ふろさとし)。その名をとって、一番風呂・二番風呂・三番風呂とネーミングした。
どの曲が代表作かと尋ねると、
「それはいちがいには言えません。全部、良さが違うんです。CDに収録したのが、代表作とも言えません」と答えた。
参考までに、CD収録曲はつぎのとおり。
| ◇一番風呂 |
◇二番風呂 |
◇おふろ畑〜三番風呂〜 |
・泣いていいよ
・もののけ姫
・広島物語
・宮島の落日
・NA・MA・I・DAロックンロール
・唐獅子ギター |
・シンガー・ゴルゴ
・嗚呼!青春!!
・雨のBGM
・別れなんて簡単
・ヨダレガエル
・疎開地の娘
・船に咲く花 |
・銭湯へ行こう
・ROLLING SUNDAY REVUE !!
・F
・You make me happy.
・nothing
・遠距離電話
・のら猫カラス
・MID NIGHT CALL
・海鳴
・蓮の花咲かせましょう |
代表作ではないかもしれないが、とりわけ人気のある曲「蓮の花咲かせましょう/作詞作曲:風呂哲州」の歌詞を紹介する。
蓮の花を咲かせましょう 濁った泥の池の中で
蓮の花を咲かせましょう いつかどこかであなたの花を
とかくこの世はすみにくい
でも一つづつ種をまきましょう
他人(ひと)から見ればくだらなくとも
小さな自分を褒めましょう
蓮の花を咲かせましょう 濁った泥の池の中で
蓮の花を咲かせましょう いつかどこかであなたの花を
蓮の花を咲かせましょう 喜怒哀楽の波の間に間に
蓮の花を咲かせましょう 花咲じじいとばばあになりましょう
腹を立てればきりがないけど
こぼしたグチから芽は生えぬ
地獄極楽いずこに居れど
笑う門には福来たる
蓮の花を咲かせましょう 濁った泥の池の中で
蓮の花を咲かせましょう いつかどこかであなたの花を
心の花を 自分の花を |
◆彼は、1968年2月7日、広島市に生まれた。父親が教師という教育環境の中で育つ。
「父も母も音楽好きで、オルガン・ピアノの稽古にも通いました。さだまさしのコンサートを初めて聞いたのは中学のときで、心の中のなにかがはじけました。さっそく親類にあった使われていないギターをもらい受け、それから毎日夢中になって練習しました」
その成果があって、高校生のとき文化祭でステージ出演、これが初のライブとなった。大学に入るとフォークギターを買い、オリジナル曲を作り始める。
1992年には、嘉門達夫の付き人になり上京。テレビ・ラジオ・レコーディング・ステージなどで端役をするほかアルバムへの楽曲提供もしたが、4年近い期間が過ぎたころ人間関係で行き詰まり退社して帰郷した。広島では、お寺・教会・ライブハウスなどでライブを開始、フリーのシンガーソングライター風呂哲が誕生した。
◆音楽の合間に、明るくて元気のよいトーキングをする彼に、次のような質問を投げかけた。すると、意外にまじめで堅実な答えが返ったきた。
・なにを大切にしている?⇒自分らしさ
・好きな言葉は?⇒愛
・将来の夢は?⇒自分の能力を発揮して、今までお世話になった
人・場所・物事に恩返しをしたい。
・つらかったこと・楽しかったことは?⇒自分の存在意義が否定されるように感じるとつらい。認められると楽しい。
・これからの目標は?⇒自分の作品が自分の手から離れて、皆さんに聞いていただくと嬉しい。この世に生をを受けた意味を感じる。
彼の音楽に寄せる思いは熱くて真剣。求道者的といえるほどだ。その心境をつぎのように語った。
「僕の存在価値もさることながら、音楽というものの存在価値は偉大です。毎日食事を摂るように、音楽は人間にとって不可欠なものだと思います。音楽は人間の滞った気を解放してくれます。そんな音楽に携わっている自分を誇りに思っています。音楽の神様と聴き手の間を取り持つ月下氷人の心境です」
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<風呂さんの略歴>
・1968年2月7日 広島市生まれ。
・修道中学時代 さだまさし等の影響を受け弾き語りの道に。
・修道高校時代、文化祭のステージ出演。
・関西大学時代、オリジナル曲を作り始める。
・1992年から4年間、嘉門達夫の付き人。
・1997年5月から、フリーソングライターとして活動開始。
・2000年、自家製作CD「一番風呂」を発表。
・同年、個人ホームページアップ。
・2002年、自家製作CD「二番風呂」を発表。
・同年、芸名を風呂哲(本命)から風呂哲州に改名。
・2003年、新ホームページ「哲州庵」移転アップ。
・2004年、自家製作CD「おふろ畑〜三番風呂〜」を発表。
・2005年、結婚。
・同年、ブログ「風呂哲州日記」スタート。
・同年、「カンボジア平和交流の旅」で音楽講師。
/ひろしまカンボジア市民交流会主催 |
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(戸村彰義) |
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