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街頭で似顔絵を描く
亀山ちひろさん


亀山ちひろさん 


似顔絵とイラスト制作


広島市中区舟入中町8−2−505
090−9087−6006


(略歴)
1980年、北海道生まれ。
エリザベト音楽大学卒



広島市の目抜街・本通りで2年半、似顔絵を描き続けてきた女性がいる。大学を出たばかりの亀山ちひろさん(25歳)である。寒い夜も暑い夜も街頭で描き続ける情熱は、どこからきているのだろうか。その秘密を探った。









◆亀山ちひろさんは、色白で細面の顔立ちのなかに、どことなくユニークな雰囲気をかもし出している女性だ。出身地を聞いてビックリ。北海道生まれの北海道育ち、広島では珍しい存在だった。


「広島にきたのは、エリザベト音楽大学に入るためです。大学を卒業するとき、北海道へ帰ろうかどうしようか迷いましたが、結局、広島に居着いてしまいました。
 父が転勤族で北海道のなかを転々としていたため、これといった故郷がありません。そのようなことから、どこに住んでも同じだと思ったのです」と笑つた。


 大学ではオーボエを専攻していたのに、どうして似顔絵なのかと尋ねると、
「音楽で身を立てるのは私の性格では難しいと思い、大学院も断念しました。絵は中学の頃から描いていたので、似顔絵を描くことに抵抗はありませんでした。問題は収入の確保です。弟や妹もいるので、仕送りは期待できません。そこで自立するため、畝刺繍店の募集に応じたところ、運良く合格しました」


 今時の若い人には珍しく、自立精神が旺盛だ。
「仕事は機械刺繍です。初めは雑用ばかりでしたが、少しづつ教えていただき、今では大分できるようになりました。色の感覚が必要ですし、本当に面白いです。社長も奥さんも苦労人で、わたしたちの気持ちを理解してくださるので、毎日を楽しく過ごしています(現在は退社)」



◆肝心の似顔絵はいつ描いているのかと尋ねると、
「刺繍店は土曜日・日曜日・祝日が休みなので、金・土・日の午後7時頃から11時頃まで、街頭で描いています。最近は、急な仕事が入ってきたとき、家で描いていることもあります」と応えた。


 街頭に出たきっかけを尋ねると、あっさりした返事が帰ってきた。
「路上でポストカードを描いている男の人に、好きなら思い切ってやってみたらといわれたので、つぎの週から路上に出ました。似顔絵を描くと、否負うなくいろいろな人を描かねばいけないので勉強になると思ったのです」


 最初の頃は、前向きな彼女もさすがにうつむいてばかりいたが、次第に上を向いて仕事ができるようになっていった。その間の状況をつぎのように説明する。


「初めて描いたときは頭が真っ白になって、どの状態が絵の完成なのかわからず、お客さんに2時間くらい待ってもらいました。
 寒い夜もありましたが、持つべきは友ですね。大学時代の友人が励ましにきてくれたのには、本当に感謝しました。また、似顔絵を通じて仲良くなった人が、きてくれたこともありました。
 最初は無料で始めたのですが、1年くらい過ぎた頃から、300円頂くことにしました。今では500円にしています。有料にしたのは大きな転機でしたね。お金をもらわないでいると、どうしても甘えが出て無責任になりますね」


 嫌なお客もいるのでは聞くと、
「ほとんどの人がいい方ばかりです。どんな方でも誠実に接すれば心を開いてくださいますから・・・」と笑った。
 

「最近は、結婚式場など、街頭以外の場所で描くことも多くなりました。仕事の幅も広がり、CDジャケットやTシャツのデザインなど、イラストも描いています」と、仕事は順調に展開しているようだ。


◆彼女の生い立ちを聞いて、またびっくり。並みではないのである。
「小学校3年生から6年生まで、父の転勤にしたがって僻地に行きました。それはたいへんなところで、小学校は生徒が全部で7人、私の学年は男の子1人と私の2人だけでした。
 しかし、地域の人たちの温かい眼差しを受けながら、大自然のなかでのびのび育ちました。きのこや山菜を摘みにいったり、サケの生態を調べたり、本当に楽しい日々でした。運動会や学芸会は、地域の一大イベントです。今でもそのときの様子が瞼に残っています」


 極楽の後は、地獄が待ち構えていた。父親の転勤にともない、僻地の小学校から一転して、都会地の中学校に入学したが、きびしいいじめにあい不登校に追い込まれたのである。


「だれも私に話しかけてくれないし、気持ちが悪い奴だといじめられました。亀山の配った給食なんて食べられないと、目の前で言われたこともありました。半年くらいがんばりましたが、とうとうガマンできなくなり、学校に行かなくなってしまいました。
 それから半年後、父が転勤したので、わたしも転校しました。その後は中学も高校も大学も順調で、充実した学生生活を送ることができたと思います」
 

 いじめられたことは思い出すだけでもつらいと思われるが、彼女は、その原因を受け身ばかりで自分を表現するのが下手だったからだとクールに分析した。



◆今、一番大事と思っていることはと尋ねると、
「私は恥ずかしがり屋であがり性。かしこまると全然ダメで、肩の力を抜くのが下手なんです。ですから、似顔絵を描くときには、いつも緊張していました。
 これではダメだと悩んでいましたが、似顔絵は似ているかどうかではなく、自分の線で楽しみながら描くことが大切だということに気づけたのです。それからは、ヘンな緊張が随分少なくなり、肩の力も以前より抜け楽しんで描けるようになりました」


 好きな言葉は、
「やらずに後悔するなら、やって後悔する」


 これからの夢を尋ねると、
「もっともっといろいろなことに積極的に挑戦したいです。たくさんの作品を描いていきたいですね」と、堅実な答えが返ってきた。


 彼女のなかに見た『自立心、堅実、根性、前向き、行動力、素直・・・・・・』からすると、これから先も、着実に伸びていくことだろうと思った。


似顔絵の真ん中は筆者です。家内に20歳くらい若く描いてもらっていると言われました。
似顔絵を描いてもらうのは生まれて初めての経験で、10分ばかりコチコチになっていました。(戸村彰義)


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