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◆11月23日(水)の昼前、呉市二河球場に隣接しているテニスコートを訪ねると、30人くらいの子どもたちが熱心にテニスの練習をしていた。その中を堀田省三さんの声が、途絶えることなく飛んでいる。 「腰が砕けているぞ」「ナイスボール、そうだ、そうだ」「それ、いけ、いけ」「球を遊ばすな」・・・・ 熱血漢の堀田さんらしい指導振りだ。 「ジュニアテニス教室は、10月に始めたばかりで、月2回(土・日)10時から12時まで練習しています。対象者は3年生〜6年生までの小学生です」と、練習の合間をぬって説明する。 子どもの1人に感想を聞いたが、はにかんで明瞭な答えがない。当世の子どもの風潮かと思っていると、堀田さんが言った。 「最初からみると、随分変わってきましたよ。最近はあいさつをするようになりましたし、ボール拾いや後片付けもするようになりました。これから先、まだまだよくなりますよ。 しつけは練習の前提です。ご両親には前もって了解してもらっています」 ◆それから7日後の30日、今度は主婦を中心にした女性対象の練習が見られるというので、呉市体育館の近くにあるテニスコートに出かけた。 3連のテニスコートには、総勢40人くらいもの女性が集まり、楽しそうに練習をしていた。 彼はテニスクラブの仕組みなどについて説明する。 「こちらのコートの人たちは、テニスをのんびり楽しみたいという女性で、毎週水曜日に練習しています。チームの名称は水曜会です。 こちら側のコートの人たちは、練成会を結成しています。テニスが上手になり試合に出て勝ちたいというのがコンセプトで、毎週火・水・金曜日練習しています。 どちらも練習時間は10時〜13時です。 3年前から始めたのですが、どなたも素直で礼儀正しい人ばかりです。皆さん、とても上手になられましたよ。スポーツは才能より努力だと、しみじみ感じています」 ◆堀田さんは、呉市テニス協会会長をしている。その関係もあって、呉市主催の夏休みテニス教室等で指導したところ、引き続いて練習したいという要望があり、これがテニス教室のきっかけになった。
「会場費やボール代は皆さんに負担してもらっていますが、私のコーチはボランティアです。テニスには長年助けてもらったので、恩返しのつもりでやっています。 転勤族の奥さんが多いんです。私も何回も転勤しましたが、その度に、テニスコートとクラブ探しに悩みました。彼女たちの気持ちがわかるので、お助けマンと思ってやっています」 彼は広島県呉市生まれの呉市育ち。テニスが縁で日本電信電話公社(現NTT)に入社した。 28歳のとき、軟式テニスで国体に出場し優勝。さらに46歳のとき、今度は硬式テニスで国体に出場した。 「軟式と硬式両方のテニスで国体に出場した人は、男性にはあまりいません。 硬式テニスで国体出場が決まったときは、NTT府中支店長だったので、府中市長がたいへん喜ばれ激励会を開いてくださいました」と当時をしのぶ。 続いて、テニスへの思い入れを披瀝する。 「テニスのおかげで、負けじ魂や精神力、根性、バイタリティがつきました。テニスには心から感謝しています」 ◆今後の抱負について尋ねると、 「ジュニアテニス教室と女性対象の錬成会・水曜会とは、まさに車の両輪です。両方をうまくかみあわせながら、会を育てていきたいと思っています。テニスの仲間が増えれば、多少なりとも世の中は明るくなりますよね。いささかでも社会貢献したいと思っています」 「ジュニア教室については、将来、世界大会に出場するような国際的な選手が育つことを夢見ています。問題は、呉市の中学校に硬式テニスクラブがないことです。せっかく鍛えても、中学に入ると切れるんです。これが頭痛のタネで、今後の課題と思っています」 以上のように大きな夢を膨らませながら、彼はつぎのように言って笑った。 「いろいろ言いましたが、何よりいいのは自分の健康と生きがいになることです」 |
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| (戸村彰義) |
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