フランス料理店を経営する
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| 「心を大きく変化に対応」 |
寺西雅彦さん
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寺西雅彦さん 43歳
(有)ア・ボン 代表取締役
〒732-0009
広島県広島市東区戸坂千足1−4−23
Tel&Fax 082-220-4409
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寺西雅彦さんは、広島市内で、3軒のフランス料理店「ランデ・ヴー」「サ・ソン・ボン」「ビストロ・エメ」を経営している。「普段着で気軽に入れて、それでいてオシャレな店」と定評のあるお店は、どのように経営されているのか、そのノウハウなどを伺った。
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ランデ・ヴー(3号店)
広島市中区紙屋町1−6−9
Tel&Fax 082-544-0955 |

サ・ソン・ボン(2号店)
広島市西区楠木町4−1−3
Tel 082-537-1002
Fax 082-537-0203 |

ビストロ・エメ(1号店)
広島市中区三川町2−19
Tel&Fax 082-241-5454
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◆さる10月19日(水)の昼前、広島市の目抜街・本通の近くにある「ランデ・ヴー」を訪ねた。
何度か行ったことのある星ビルの1階と聞いていたが、様子がまるで変わっているので右往左往。なんと1階には豪華な入口が新設されていた。
同行者は、香月梨江さんと岡寺賢一さん。席に料理が運ばれてくると、オーナーの寺西さん自ら、料理をわれわれ3人に振り分けてくれた。気さくな感じで、とてもフランス料理店のオーナーには見えない。
料理は油っこくなく、爽やかな味がしてすごく美味しかった。
香月さんが言った。
「先日、友だちとここにきたら、普段着だけど入っていいのって聞くんです。ここは、気取らずに入れるからいいのよね。値段もやすいし、美味しいし・・・」
これを聞いて、わが意を得たりと寺西さんが補足した。
「日本人の食文化に合ったフランス料理、日本人が食べて美味しいフランス料理を目指しています。どなたでも入りやすく、それでいてちょっとオシャレな雰囲気の店が目標です」
◆寺西さんは43歳。広島生まれの広島育ちである。大学を卒業すると、料理の修得を志し、広島市内のA会館に就職した。
「高校では停学が7回、大学では授業にまるっきり出ないという、きわめつけの不良学生でした。父がせめて手に職をつけるよう説得するので、料理をやろうと思ったのです」
ところが、A会館に入ったもののコックに空きがないので、しばらくボーイをすることになった。それから3年後、料理の方へ替わった。
「コックにかわるとき、はたして務まるだろうかと悩みました。ぬるま湯につかり、のらりくらりしていたので、自信が持てなかったんです」
A会館で4年間、料理をやった後、今度は広島市の中心街にあるB高級会員制クラブへ転出した。
「料理長はいわゆる職人さんで軍隊のようなところでした。それに高級食材を扱わせてもらえるので、たいへん勉強になり、技術も身につきました。しかし、労働時間が長く、昼過ぎから朝の3時・4時まで務めるのには音をあげましたね。結局、1年で退職しました」
つぎに就職したのはCレストラン。ここでは、彼が生涯の心の師と仰ぐ光村師匠に出会った。
「ここには4年いましたが、光村師匠からは、フランススタイルの料理で商売がなりたつという商売の感性を教わりました。私が独立したのは、師匠からの勧めがあったからです。
師匠は店作りが得意で、Cレストランを辞めた後、店舗開発関係会社を設立されました。その後私の出した3店舗とも、懇切丁寧にご指導いただいています。残念なことに、先般、亡くなれましたが、心より恩人と思っています」
◆彼が独立したのは、9年前の33歳のときのことである。
「中区三川町に1号店ビストロ・エメを出しましたが、達成感がありましたね。それから5年後、西区楠木町に2号店サ・ソン・ボンを出店、これも順調に推移しました。
そこで3年前、今度は市内の中心地に3号店ランデ・ヴーを出したんですが、ここで壁にぶちあたりました。初めて売上が落ちたんです」
それから、彼は打開策に真剣に取り組んだ。経営コンサルタントにも入ってもらい指導を受けた。
「3号店は、1号店・2号店と立地条件がまるで違うことに気づきました。ここでは、お客様を待っていただけではダメで、2次会などパーティを呼び込まなければならないんです。それまでは、ビラ配りのような格好の悪いことはできないと思っていましたが、頭を切り替えました。完全に切り替わるまでには時間がかかりましたけどね」と笑う。
努力の甲斐があり、燭光が見えてきたのか表情が明るい。
「これまでは売上が落ちると、スタッフのせいにしていました。結局、社長に問題があったんですね。戦略がなかったし経営理念もなかったんです。変化に対応した柔軟な戦略を出すことの大切さが、身に沁みてわかりました。
自分が変わらなければ、周囲は変わりません。社長は育て上手でなければいけないと痛感しました。今一番大切なのは、人材育成だと思っています」
これからの夢を聞くと、「業態変更」という思いがけないことばが返ってきた。
「3号店の経営が落ち着いたら、つぎは業態変更です。高齢化少子化社会に対応して、つぎは和食をやりたいと思っています。ミドルクラスをターゲットにした和食店を出したいですね」
彼の嗜好は洋食より和食と聞いていたし、風貌も朴訥で飾り気のないイメージなので、和食店のオーナーの方が似合いそうだなと思った。
好きな言葉は「心を大きく、変化に対応」。奥さんと3人の幼い子供さんとの5人暮らしで、働き盛り。間違いなく、大きく成長されていくことだろうと思った。
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(戸村彰義)
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